2016 秋 -3-

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 そう言って、彼女は手を差し出す。美緒がきょとんとしていると、鈴奈は「あーくーしゅ!」と美緒に催促する。美緒はおずおずと手を差し出し、彼女の手に触れた。鈴奈の手はまるで雪みたいに真っ白で、そして冷たかった。けれど、力強かった。鈴奈がいなくなった後、美緒はしばらくの間その手で握ったり閉じたりを繰り返していた。少しの間しか触れ合っていなかったけれど、鈴奈の手から感じた痛みや辛さがまだそこに残っていたような気がした。美緒は少し経ってから、本棚から本を借りて病室に戻った。 — 俊へ  またすぐ手紙を書いてしまいます。前の手紙、届いたばかりかな? でも、俊に話をしたいことがすぐに見つかるの。今までは毎日話をすることができたから良かったな。  私が入院している病院には、患者さん用の共有スペースがあります。飲み物を飲んだり、本を読んだりすることができる場所。本を借りることも出来て、今日そこに寄ったら、スズナちゃんっていう女の子に会いました。私よりもずっと年下で、でもずっと入院しているって話していました。スズナちゃんは私がこの病院の美容室で髪を切っていたのを見ていたらしいです。「ロングヘアのお姉ちゃん」って言われた時、びっくりしちゃった。もうすっかり今のヘアスタイルに慣れちゃったけれど、長かったこともあったんだって懐かしい気持ちになってしまいます。ちょっと前の事なのに、もう遠い過去のことみたい。 — 俊へ  前の手紙、まだ出していないけどまた新しい手紙を書いちゃいます。今、深夜の3時。こんなに遅くまで起きてるの、初めてかも! 本当は寝ていたいんだけど、頭が痛くて目が冷めちゃった。薬もなくなってしまっていたから、看護師さんに頼んで新しい鎮痛剤を貰いました。その時お医者さんも来て、少し強めの薬を出したっていう話をしていました。今それを飲んで、少し落ち着いてきたところです。病院にいるとすぐに対処してもらえるけれど、今まで感じていた痛みからどんどんひどくなっているような気がします。お医者さんには「もう少しで手術だからがんばりましょう」って言われました。そう言えば、さっきお姉ちゃんにも同じこと言われたなぁ。私、何を頑張ればいいのかな?  突然変なこと言っちゃってごめんね。こんな事を手紙に書かれても、俊だって困るだけなのに。ごめんね、でも俊に聞いてほしくなっちゃった。  俊も私も、頑張ろうね。おやすみなさい。 — 俊へ  手紙が少しあいちゃった、ごめんね。実は手術の日が決まって、そのことを伝えようと思って何枚も手紙を書いたんだけど、変な事ばっかり書いちゃうから出せないでいました。でも、この手紙だけは絶対に出します。  手術は明日です。もしかしたら、これが俊に送る最後の手紙かも。なんちゃって。  私、頑張ってくるね。  またね。俊も頑張って。 —  短い文章を手紙にしたためて、美緒は気持ちが変わらないうちに住所が書いてある封筒に押し込んだ。ノリでべったりと封をしたそれを、急いで病院のポストに投函しに行く。手術の日が決まって以降、何度も同じことを繰り返していた。でもポストにたどり着く前に手紙の内容を思い出して、今の俊には自分の弱音を見せたくないと思って破いてしまう。今度こそと何回も自分に言い聞かせていたのに、ポストにたどり着くころにはその意気込みもしおれてしまっていた。けれど、今回は無事に手紙を出すことができた。美緒は後悔し始めている自分を押し殺して病室に戻ろうとする。その時、背後から元気な声で名前を呼ばれた。 「美緒ちゃーん!」 「鈴奈ちゃん?」  病院内のコンビニの袋を持った鈴奈が大きく手を振っていた。美緒は彼女に近づくと、鈴奈は「いいものあげる」と言って飴を一つ美緒の手に乗せる。 「病院って乾燥してない? 私いつもこののど飴舐めてるんだ」  柑橘の味がするのど飴が手のひらに乗っていた。美緒は「ありがとう」と弱弱しく笑う。二人は近くにあったベンチに座って、一緒にのど飴を舐める。 「美緒ちゃんって、よく手紙出してない?」  鈴奈が喋ると、カラコロとのど飴が歯にあたる軽やかな音が聞こえてきた。 「そこも見てたの?」 「うん、気になっちゃって。誰に出してるのかな~とか、もしかして、彼氏っ?」  鈴奈のませた言葉に美緒は笑って否定した。彼氏だったらどれだけ良かっただろう? もっと早く気持ちを打ち明けていたら……そんな後悔を鈴奈に悟られないように首を横に振る。 「私の幼馴染にね、お手紙を出してたの」 「幼馴染さんは遠くに住んでるの?」  美緒はゆっくりと首を横に振る。 「ずっと一緒だったよ、同じ高校にも通ってて……でも、修学旅行の時に大けがをしちゃって、今は旅行先の病院に入院しているところ」 「そうなんだ、大変だね……早く良くなるといいね!」  鈴奈の言葉に美緒は深く頷く。その表情がいつもより柔らかくて、鈴奈はあることに気づいた。 「美緒ちゃん、その幼馴染の事好きなんじゃない?」  ドキリと美緒の心臓が跳ねた。こんな幼い子にもバレバレだったなんて、そう思うと恥ずかしさのあまり穴に入りたくなってきた。鈴奈は「顔真っ赤だよ」なんて言って美緒の事をからかってくる。美緒は取り繕うこともできなくて、その言葉に素直に頷いた。 「やっぱり!」  鈴奈は美緒をからかうように、けらけらと笑っていた。でもすぐに、ふっと真面目な表情を見せる。さっきまで無邪気な顔をしていたのに、まるで何かを諦めてしまったかのような表情に見えた。 「いいな、好きな人。私、そういうのできたことないから、羨ましいな」  鈴奈がポツリと漏らした言葉はとても小さくて、美緒は耳を澄ませないと聞き取ることができなかった。
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