2025 春

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「そうだ、竹田さん。俺、来週くらいにはこっちに引っ越せる目途立ったんで」 「分かった。お皿とか買っておかないと。折角だし、美緒ちゃんとお揃いにしたいよね」  二人がのんびりと話しているのを聞いて、桃子と凪の頭にはハテナマークが浮かんでいく。 「もしかして……浅香君、この家で暮らすの?」 「そうだけど」 「新婚さんなのに!?」  桃子は前のめりになる。 「しばらくは研修医だし、当直の仕事もあるから家に帰るのも遅くなるんだよ。その間、美緒の事も心配だし……そう考えてたら、由梨姉ぇがいっそのこと俺も住めばって言ってくれて」  俊は結婚の挨拶に来たときの由梨の様子を思い出す。始めは驚き、喜んで、そして心配を始めて……そして「俊君も家族にならない?」と切り出した。美緒の事を心配しているのは俊だけではない。一緒に暮らしてくれた方が姉としても安心だから、と由梨の言葉に彼らは甘えることになった。 「しばらくは一緒に暮らして、お金貯まったらまずは指輪買おうかなって思っているところ。バタバタしてたから、まだ用意できてないんだよ」 「……その怪我、治そうとはしないの?」  桃子がそっと、前から気になって仕方がなかったことを俊に聞く。凪が「ちょっと」と桃子を諫めたけれど、俊は全く気にしていない様子だった。 「いいんだよ、俺はこれで。今の自分は嫌いじゃないし……これのおかげで、多分、美緒は俺の事を判別出来てると思うんだよね」 「え?! そうなの?」  驚く桃子の言葉に俊が頷く。 「アイツ、俺の顔に火傷があるのは分からないはずなんだけどさ、前言ってたんだよ。俺の顔を見てたら、何だか温かい感じがするとかなんとか」 「なんだ、ノロケじゃん」  呆れるような凪を見て、俊は笑っていた。その時、和室の襖がガタリと動く音が聞こえてくる。みんな、視線を一気にそちらに向けた。 「……え?」  俊が我を忘れたように口をあんぐりと開けた。その様子を見て、凪も桃子も「サプライズ成功だね」と笑っていた。雅弘の目は何だか潤んでいるようにも見える。四人の視線の先には、美緒がいた。花柄のレースが施された真っ白なワンピース、白いビーズでできた花があしらわれた、まるでティアラみたいなカチューシャ。由梨のメイクによっていつもより目がぱっちりしているように見える。美緒は照れている様子で、少し視線を下に向けていた。その出で立ちは、花嫁そのものだった 「私たちから、結婚のお祝い。俊君、嬉しいでしょ」 「うん、嬉しい……。美緒、綺麗だよ」  俊の素直な言葉で、耳まで熱くなってしまう。顔も真っ赤になっていて、みんなが笑う声が聞こえた。 「俺だけこんな格好なんだけど、やっぱり浮くかな? ちょっと待って、着替えてくるから」  そう言って俊はまた家を飛び出して行く。少しだけ待つと、俊はすぐに上下黒のスーツを着て戻ってくる。桃子と凪のプレゼントはカチューシャとワンピースだけではなくて、玄関には白いローヒールのエナメルパンプスがあった。それを履いて、美緒の姿はようやっと完成する。二人は美緒の自宅の前で記念写真を撮ってから、役所に向かうバスに乗った。  バスに乗ると、桜並木のトンネルの中をまるで流れるように進んでいくような感覚を覚える。あの思い出の公園をあっという間に通り過ぎて行ったとき、美緒は俊と初めて出会った時の事を思い出していた。  桜吹雪の中、彼に抱きしめられている時、由梨が彼の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。 「俊君……? 本当に、俊君なの?」  その呼びかけに、俊が顔をあげた。由梨はハッと息を飲む。彼の顔面の半分に残った火傷の痕跡、その代わり果てた姿に驚きが隠せなかった。でも、それと同じくらい、安堵と喜びがこみ上げてくる。 「良かった、俊君。帰って来てくれて、本当に良かった」  ゆがむ顔を両手で多い、由梨が声をあげて泣き出す。雅弘は困惑したように彼らを何度も見比べる。美緒は少しだけ彼から離れて、手に握られたままだった手紙とお守りを彼に見せた。 「もしかして、この手紙をくれた人ですか?」  その言葉が表す意味が、すぐに分かった。彼はそれらごと美緒の手を握る。 「そうだよ、俺は浅香 俊。覚えてね」  美緒は口の中で「しゅんくん」と彼の名前を一縷の望みを抱きながら呟く。けれど、彼に関することは一つも思い出せないままだった。 「由梨姉ぇ、ごめん。ちょっと美緒と二人で話をしていってもいい? すぐに帰るから」  雅弘が泣きじゃくって言葉にならない由梨に寄り添ってくれる。二人の姿が見えなくなってから、俊は美緒の手を引いて「少し座ろう」とベンチまで連れていく。 「俺は美緒の幼馴染だよ。小学校も中学校も、高校も、ずっと一緒だった」 「あの、なら……どうして会いに来てくれなかったんですか?」  この手紙を見つけた日から、ずっと待っていた。けれど、差出人である彼は姿を見せないままだった。俊は大きく息を吐く。 「怪我しちゃったんだ、入院しなきゃいけないくらい。ようやっと退院出来て、今日に間に合った。……入院してた間も、ずっと美緒の事を考えてたよ、俺は」  そう言って、俊は美緒の手を強く握った。今まで感じたことのないぬくもりがそこにある。俊は大きく深呼吸をして、美緒の目を見て告げる。まるで今まで開けてこなかった宝箱を開けるみたいに、そっと、慎重に。
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