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「イヤ」
何度目かの告白、いや一世一代のプロポーズだったはずなのに、凪はけんもほろろに断っていく。
「お前もいい加減諦めろって、京平」
「うるさい! ずっと好きだった女の子と結婚できた奴になんか言われたくないんだよ!」
振られてしまい自暴自棄になってチキンを食べ漁る京平を、美緒は少し戸惑いながら見つめていた。
「ごめんな美緒、こんなのが俺の友達で」
「ううん、大丈夫」
「こんなのってどういうことだよ!」
「コイツの特徴とか覚えなくていいからな、美緒」
その辛辣な言葉に、京平は今度はがっくりと肩を落とす。何だかかわいそうだったけれど、凪と俊によって半ば無理やり引き離されていく。
「美緒ちゃんも食べようよ、お寿司、美味しいよ」
美緒が「うん」と頷いた時、来客を告げるチャイムがリビングに響いた。由梨が慌てて玄関に出ていく。何だろうと思っていると、長い黒髪をなびかせた女の子が姿を現した。
「えっと……」
その子はすらりと背が高くて、美緒は見上げてしまう。誰だっただろうと思い出そうとしていると、先に彼女が笑いながら自分を指さす。
「あはは、鈴奈だって! 美緒ちゃん、またわかんなくなっちゃったの?」
「え? 鈴奈ちゃん?」
彼女に会うのは一年以上ぶりだった。大学受験を控えていてあまり遊べないのと悲しそうに言っていたあの時の鈴奈は、まだ美緒よりもわずかに小さかったし、髪もここまで長くなかった。
「勉強している間にまた背が伸びちゃったの、すごいでしょ」
「うん、すごい。初めて話した時とは全然違う」
「髪、綺麗だね。鈴奈ちゃん、すっかり大人になって」
雅弘も驚いて二人の輪に加わる。鈴奈はまるで自分自身を自慢するように胸を張っている。
「そうだ美緒ちゃん、見て」
鈴奈は黒髪を耳にかける。そこには、パールのピアスがあった。
「大学合格したから、お母さんがピアス開けても良いって言ってくれたの。ねえ、美緒ちゃん、これを目印にしてよ」
振り返って後ろにいる凪と桃子を見た。二人の耳には、美緒にとって友達であることを示すイヤリングがあった。
「これを見たら、私だってすぐに気づいてくれるかなって思って。真似しちゃった」
「……うん、ありがとう、鈴奈ちゃん」
艶やかで丸いパールのピアス。美緒はその形を頭に刻み込む。これで待ち合わせをしても、すぐに鈴奈だって分かるに違いない。じっとそれを見つめていた美緒は頷く。
「鈴奈ちゃん、お腹空いたでしょ? たくさんあるから食べて食べて」
雅弘の言葉を聞いた鈴奈は、少し恥ずかしそうにお腹を押さえた。どうやら空腹だったみたいで、お皿と箸を受け取ってすぐにパクパクと食べ始める。それを見ていると、美緒も何だかお腹が空いてくるような気がした。
「ほら、美緒の分」
それに真っ先に気づいた俊が、チキンが乗ったお皿を美緒に手渡す。
「ありがとう、俊君」
「いい友達がいたんだな、美緒」
「うん。私はみんなに、人に恵まれてる気がする」
「俺も」
美緒は貰ったチキンをかじる。スパイスの香ばしい香りが、さらに食欲を増進させていく。
「あのさ、美緒。食べてるままでいいんだけど……いい加減、その呼び方やめない?」
「呼び方?」
「俊『君』っていうの。結婚したんだし、どう?」
俊の提案に、美緒は体が熱くなっていくような気がした。確かに、もう夫婦になったのだからいつまで経っても「俊君」って呼び続けるわけには……でも、それを取り除くのは少し勇気が必要だった。ずっとそう呼んでいたし、何より恥ずかしさが残る。美緒が悩み始めたのを見て、俊は笑った。美緒は彼を見上げる。どんな顔をして笑っているのか、知りたくてもそれを見ることはできない。
「……俊?」
「うん、なに?」
だからこそ、その垣根を超える必要があるのだと美緒は思った。二人を隔てて引き離そうとしている問題はたくさんある。だから、少しでも俊と近づく必要があった。決して離れないように。俊は深く頷く。その動きを見て、美緒は彼はきっと微笑んでいるんだろうと思った。
「由梨さん、そろそろケーキ出さない?」
テーブルの上を占めていた料理は半分以上なくなっていた。雅弘の呼びかけに、由梨は冷蔵庫を開けた。大きくて真っ白なケーキの箱が存在感を放っている。
「ケーキ、いつの間に」
確か、朝冷蔵庫を見た時にはなかった。テーブルに置く由梨に聞くと、由梨は「美緒と俊君が役所に行っている間に届いたの」と返事をする。由梨はゆっくりとケーキの箱を開けていく。その中には、フルーツがたくさんちりばめられた大きな生クリームケーキがあった。ケーキの真ん中には、新郎新婦をかたどった砂糖菓子と【俊&美緒 結婚おめでとう】と書かれている板チョコレートが乗っていた。みんな嬉しそうに「わあ!」と声をあげている。
「はい、新郎新婦、ケーキカットをお願いします」
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