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幼い頃の記憶
物心着いた頃から、二つ年上の兄貴は身体が弱かった。
健康優良児だった俺は保育園に預けられ、兄貴はうちの前に建っているマンションに住んでいた「あおちゃん家」に預けられていた。
あおちゃんこと神崎葵は、俺と同じ歳だったがやはり身体があまり丈夫じゃないらしく、母親の京子さんが育てていた。
京子さんは専業主婦らしく、ずっと家に居るので病弱で保育園では預かって貰えなかった兄貴を預かってくれていた。
我が家は両親が無理して一軒家なんぞを買ったもんだから、ずっと共働きだった。
毎朝、お袋は兄貴と俺を両手にまずは神崎家のあるマンションに向かう。
マンションの入口でインターフォンを鳴らすと、オートロックのドアが開く。
幼い頃は、自動で開くマンションに入るのがワクワクして楽しかった。
自宅には無いエレベーターに乗り込み、⑤のボタンを押すのが楽しみだった。
そして503と書かれた部屋のインターフォンを鳴らす。
ガチャリと鍵の開く音と共に
「そうちゃ~ん!」
と叫んで兄貴に抱き着く人物がいる。
色白の肌にクリクリの大きな目が特徴の、可愛い幼馴染みの「あおちゃん」だ。
「あおちゃん、おはよう」
兄貴の声に、弾けたようにそれはそれは天使のような笑顔を浮かべる。
「そうちゃんママ、しょ~ちゃん。おはよござましゅ」
兄貴に手を握られ、嬉しそうに笑顔を浮かべながら俺達に挨拶する「あおちゃん」は、みんなの天使だった。
「あおちゃん、本当に可愛いわね」
メロメロになっているお袋の顔を見上げていると
「あら、章三君だってイケメンよね」
と、あおちゃんの母親である京子さんが微笑む。
幼い頃の俺は、「あおちゃん」が嫌いだった。
大好きな兄貴を、まるで自分の兄貴のようにしているのが気に食わなかった。
でも、いつしか毎回夜に迎えに行く度に、大きな目に涙をいっぱい溜めて
「そうちゃん、又明日ね」
って、無理に笑う「あおちゃん」が愛しいと思った。
兄貴は帰る時、必ず俺の手を握ってくれた。
それは兄貴なりに、「僕の弟は章三だよ」って示してくれていたんだと思う。
それを見る度、「あおちゃん」は目に涙を溜めていた。
兄貴に手を握られてマンションから家に向かう度、兄貴は一度、必ずマンションを見上げる。
俺も一緒に見上げると、小さな「あおちゃん」が泣きながら見送っている姿が見えた。
思わず俯いた俺の手を、ギュッと兄貴は強く握ってくれたのを今でも覚えている。
小学校に上がる頃、俺は反抗期になっていた。
いつだって真面目な兄貴と、そんな兄貴を可愛がる両親にイライラした。
その頃、俺の中には「嫌いだったあおちゃん」に恋心が芽生えていた。
初めこそ、兄貴を横取りする嫌な奴だったが、今では「あおちゃん」を独り占めしている兄貴にムカついていた。
いつだったか……、幼いながらに
「将来、結婚して下さい」
と言ったら
「僕はそうちゃんと結婚するから無理!」
って呆気なくフラれた。
ギャン泣きしていた俺を横目に、そんな「あおちゃん」に
「男の子同士は結構出来ないんだよ」
と、真面目な兄貴が「あおちゃん」に答えて今度は「あおちゃん」がギャン泣きした。
そんな俺達を見て、何故か兄貴もギャン泣きして京子さんを困らせた事があったっけ……。
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