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「ふぁ~」
俺の隣で大きな欠伸をする葵に
「眠いなら、次からは兄貴達と登校したらどうだ?」
そう呟いた俺に、葵は伸びをしながら
「はぁ? それはそれで嫌な癖に。素直じゃないなぁ~、章三は」
と言って葵が笑う。
あの日、帰りは翔さんの車に便乗して帰宅したんだけど、後部座席は翔さん、俺、葵の順に座った。
葵は自分の気持ちを隠す為に、好き避けって奴をしてしまっている。
だからなのか、翔さんは葵が自分を嫌っていると思っているらしい。
そして葵に負けず劣らず鈍感な兄貴は、その日帰宅するなり
「葵ちゃんは……章三が好きなのかな?」
などと呟いた。
「はぁ?」
「だって、なんだかんだと章三と居たがるだろう?だとしたら、あおちゃんが実質弟になるから嬉しいけどな」
脳内お花畑の兄貴の発言に、俺は大きな溜め息を吐き
「それは無いな。俺より兄貴の方が、葵は好きだと思うけど」
靴を脱いで玄関から自宅に上がりながら答えた俺に、兄貴は
「そうかなぁ~?」
と首を傾げている。
俺と葵を怪しむ前に、もっと熱視線を送り合っている相手が兄貴の隣に居るだろうが!と叫びたいのをグッと堪え、部屋へと急いで階段をかけ登った。
鞄を机に投げ置き、ベッドへとダイブする。
葵が翔さんを追い掛けて桐楠大附に入学を決めた時から、覚悟は決めていた。
でも、いざ目の前で葵が翔さんに頬を赤らめて話す姿を見ると、胸が痛む。
勝手だと思うけど、誰かを好きになるというのは、自分勝手な感情の積み重ねなのかもしれないと……ぼんやり考えていた。
きっと、こんな感情をさっさと捨てられたら楽になるんだろう。
「……う、章三」
ポンっと肩を叩かれてハッと我に返ると、葵が俺の顔を覗き込んでいた。
「なんだよ、俺より章三の方が眠そうじゃん」
『ニシシ』って笑いながら、葵はそう言って俺の胸元にハンカチで包んだ何かを押し当てた。
「朝食、おにぎり握って来たんだ」
葵からハンカチに包まれたおにぎりを受け取り
「朝、食って来たなら昼飯にでもしてよ。章三の好きな鳥の唐揚げと、甘い卵焼き入れてあるよ」
そう言われて、胸が熱くなる。
「ちなみに、俺も学校で朝飯食うんだけどね」
隣で笑う葵を、抱き締めたい衝動に駆られる。
ギュッと握り拳を握り締め
「ありがとう。学校着いたら、一緒に食おう」
そう答えた俺に、葵の屈託の無い笑顔が返って来る。
集合時間より少し早めに着いた俺は、教室で葵と朝食を食べてから校門へと歩き出す。
単純だけど、葵が俺を気遣ってくれたのが嬉しくて、ニヤケそうな口元を咳払いして誤魔化しながら待ち合わせ場所の校門に辿り着く。
すると既に来ていた風紀委員長の末長先輩と、生徒指導の先生の森永先生が待っていた。
俺が時計を見ると
「なんだ、赤地。当番なのが、そんなに嬉しいのか?」
なんて末長先輩に言われて
「まさか!」
と、間髪入れずに答えてしまう。
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