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──その日の放課後
周期的に回ってくる掃除当番を終わらせた僕は、駐輪場に向かっていた。
バイトは明日だし、今日はゆっくり帰れそうだな…
僕は親からの仕送りと週二回のバイトで生計を立て、一人暮らしをしているんだ。
親元を離れた高校入学当初は、一人暮らしなんてしたことも無いし、ご飯もなかなか上手く作れなくて…全てのことが初めて尽くしで、とにかくてんやわんやだった。
でも、僕は実家に帰ろうとも思わなかったし、それ以上に今の生活が何より幸せで仕方がない。
Ωなのにβとして生きる事ですぐにバイトも見つかった、親友も出来た、一人暮らしも慣れたもの…そして気付けば高校生活も残り一年…
他のαやβにとっては当たり前な事もΩの僕にとってはある意味、毎日が非日常で全てが挑戦の日々でもあるし、バレたら…全て終わりなんだ。
そんな不安や緊張感、焦燥感も僕の心を襲わないかというと嘘になる。
バレて全てを失いたくない…
そう、あの時のように…
そんなこんなで駐輪場に着くと、僕の自転車の近くで空を見上げながら佇んでいる男の子が僕の目に飛び込んできたんだ。
そう、それは大きな背中でとても小さな背中…
山際くんだ…!
でも…な、何をしているんだろう…
しかも、僕の自転車の近くでさ…?
それでも、僕の思いはいつもと変わらない。
彼の背中を振り向かせたい…君を絶対に一人になんかしないから…!
「山際くん!」
僕は今日二度目の渾身の力を振り絞り、彼の背中に向かって声をかけた。
そして、僕は目を疑った…
そう、とうとうこの時が来たんだ…
彼の大きくて小さな背中がゆっくりと振り返る素振りを見せ、山際くんの顔が僕の顔へと向けられたんだ。
「…遅いぞ…」
「…ふぇっ!?」
目標を達成してしまった僕は、呆気に取られてしまい変な声が出てしまったけれど、山際くんはペースを崩さなかった。
「…待った罰だ…」
「な、なな、なんですかぁ…?」
「…お前の自転車の荷台に俺を乗せろ…」
は、はいっ!?あ、二ケツ!?
ぬっ?!ええええっ!?
なんでだろう…こんなに振り向いてくれて嬉しかったのに、実際に振り返ってもらってからのことなんて、これっぽっちも考えてなかったから言葉が上手く繋がらない。
「…ほら、早く」
「わ、分かった…ちょっと待って…!」
僕は慌てながらも、自転車の鍵をなんとか外すことに成功し、お互いが乗れるところまで自転車を乗れるところまで運んでいった。
もちろん、僕の後を山際くんも着いてきてくれている。
僕はそのままサドルを跨ぎ、片足をペダルに乗せた瞬間…そっと、山際くんが荷台へ横向きに乗り込んできたんだ。
「…こ、漕いでいい…?」
「…ああ」
その掛け声ともに僕は、いつもより色んな意味で重たいペダルを必死に漕ぎ出したんだ。
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