振り向かせたい、その背中

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 それからというもの、いつも通り色んなアクションを僕が起こしても、なかなか山際くんは振り向いてくれない…  次第に周りも、どうしてあそこまで出来るんだよ…と僕に対してまで、変な空気が流れ始めていたんだ。  好きに言ってくれればいいよ…  ごめん、みんなには分からない痛みがきっと、彼にはあるんだよ…  そんな事を続けていたら、あっという間に四月も終わりを迎えようとしていたある日の事だ。  数学の授業中、二年生の振り返りをすると先生が急に言い出し、僕の苦手な三角関数の問題が黒板へと書き表されていった。  その日の僕は、なぜだか山際くんが見つめる空の方へと目線が向いてしまい、彼の事をどうしたら振り向かせられるのかと考えていたんだ。  そう…そういう時に限って事件が起きる… 「この問題を…山下!解けるか〜?」  え…ええっ?!ぼ、僕っ?!  ごめんなさい、全然解けてません…なんて言えない…だからといって、問題すら見てないし…やばい、やばいよぉ…  徐に駿へ顔を向けても『全然わっかりましぇ〜ん!』みたいなジェスチャーで返してくるし…こんな時に限ってなんで僕の苦手な三角関数なんだよぉ…  もう、先生に分かりませんと言うしかないと思い、あたふたしていたその時だ…  小さな囁きが僕の耳にだけ聞こえてきたんだ。 「…-2/5π…」  そう…僕に聞こえたその声は、確かに山際くんの声だった。  僕は、僕にしか聞こえなかった山際くんの答えをあたふたしながら先生に告げてみた。 「おお、正解!分かってるじゃねぇか!」  た、助かった…答えられなかったら『集中しろよっ!』とか怒られてたかもしれない…  僕はその場でホッと肩を撫で下ろしたんだ。  ん…?ちょっと待って…?  ぼ、僕、山際くんに助けてもらったの…?!  とうとう、口を開いてくれた…?!  え〜っ!このタイミング?!  僕の気持ちは急に落ち着かなくなったんだ…  やっと彼の声が聞けた…しかも助けてくれた…  あと、ひと踏ん張りで振り向いてくれるのかな…?!  そんな僕の思いとは裏腹に山際くんは、何事も無かったかのように外を見つめていたけれど…嬉しかったな…山際くん、助けてくれて本当にありがとう…  僕は微笑みながら心で彼に感謝を告げて、その後も苦手な三角関数に専念していったんだ。  ◇ ◇  ──そしてその日のお昼ご飯、やっぱり山際くんは席から立とうとしないし、お昼ご飯を食べる素振りすら見せない。  僕も出来る時は作戦を決行していたけれど、やっぱり毎日は難しい…使えるお小遣いも決まってるしさ…?  でも、今日だけは山際くんにお礼の意を込めて、僕が大好きいちごオレをご馳走したい…そんな気持ちが僕の心を強く奮い立たせていた。  そう、僕はこの身体で山際くんの為に購買争奪戦争へと立ち向かう事にしたんだ。  僕は駿よりも先に購買へ向かい、大勢の人が居る中をなんとかこんとか潜り抜け、購買の受付まで辿り着いた。  あ、あった…!やばっ!あと一個じゃん…!  残り一個のいちごオレが僕の目に飛び込んできたんだ。  ガヤガヤしている中で、僕は渾身の力を込めて「いちごオレください!」と声を上げ、なんとか残り一個のいちごオレを手に入れる事が出来た。  その後、僕は人混みからポイッ!と見事に放り出され、呼吸を整えつつ…ゆっくり教室へと戻っていったんだ。  えへっ…!山際くん、喜んでくれると嬉しいなっ…!!  そんな気持ちをそっと胸に抱きながら、僕は山際くんの席へと近付いていき、いつも通り彼の机の上へといちごオレをそっと置き、言葉を紡いだ。 「山際くん、数学の時間…ありがとう…僕、すごく嬉しかったよ…?これ良かったら飲んでみて?僕の大好物だから…!」  その時だった…  とうとう彼は僕に目線を一瞬向けてくれて、そしてすぐさまに目を逸らされてしまったけれど、今度はいちごオレを見つめている…そして… 「…ありがとな…」  山際くんは、いちごオレをギュッと握り締めながら、またプイっと目を逸らしてしまったけれど…そんな事より、彼が僕に反応を示してくれた事が僕は何よりも嬉しかったんだ。  やっと…やっと僕の顔を見てくれた…  また一歩、彼の気持ちに近付けたのかもしれない…あと少し、あと少しだ…!  僕の気持ちが少しずつでも、山際くんの心にも届き始めていると実感出来た、そんな瞬間だったんだ。
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