君があまりに消えそうだから

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 僕は写真を撮るのが好きだった。だから彼女と付き合う以前から、こうして散歩をするときは必ずカメラを持って出た。彼女を被写体にしだしたのは、彼女の纏う、儚く消えそうな一瞬を写真に収めたかったからだ。理由は判然としないが、彼女はなんだか、いつも、あまりに消えそうだったからだ。  僕はそんな一瞬を切り取ることができたら、どんなに消えそうな存在でもここにいる。と、そう訳のわからない安心を得られるような気がしたのだ。しかし、プロでもない僕は当然、上手く撮れるわけがなかった。所詮は写真好きのアマチュアだ。本当は「ファインダー越し」も勿体無いのだけれど、一度撮ってやった僕の写真を彼女がひどく気に入り、嬉しそうにする彼女を見て以来、彼女の笑顔見たさにシャッターを切り続けている。 「上手に撮れてる! あっ、私この写真好きだなあ……でもこれも、これも好き!」 「ありがとう。君の笑顔が見られて僕は嬉しいよ」  彼女は被写体を終えると必ず、なぜか僕に頭を撫でられにやってくる。それがとても愛おしかった。沢山踊った後で、所々絡まっている彼女の髪の毛を指で梳いてやると、雨の匂いと彼女の緑の匂いの混ざった香りが、鼻腔にすうと溶けていく。これ以上ない至福の時間だ。写真を見ながら表情をコロコロ変える彼女の頭を撫でながら僕は、ああ彼女はちゃんとここにいる、そう実感して安心するのだ。 「今度は誰にどの写真を自慢しようかな」 「そんなに上手じゃないんだぞ、僕の写真……ほら、もう風邪をひくから帰ろう」 「私風邪なんてひかないよ」 「写真なら家でも選べるから。ね?」  駄々をこねながら写真を選ぶ彼女に傘をさして、散歩にしてはほんの少し長めの散歩を終える。  僕が彼女に出会うまで、写真は自己満足に過ぎなかった。どこかに載せもしないし、応募なんかもしなかった。しかし、この街に長く住み、友達の多い彼女が周りで自慢してまわるため、僕の撮る写真は彼女の周りで有名だった。  最初は酷評だろうと思ったのだが、どうやらウケがいいらしく、彼女の友達は僕の写真をよく褒めてくれた。彼女の繊細な四肢に、重力を感じず、ヴェールのように彼女にかかって揺蕩う髪がより綺麗に彼女を引き立てていてよく撮れている、と。  しかし、僕自身は写真に納得がいっていなかった。思い描くように写真が撮れないもので、ああでもないこうでもないと試行錯誤をしているうちに、図らずも僕のカメラの腕が上がっていった。彼女の周りの評判が上がっても、彼女がどれだけ目を輝かせようとも、いい写真が撮れた訳ではなかった。  だって彼女は消えそうなままだからだ。
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