君があまりに消えそうだから

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「写真、どうしてあんなに綺麗に撮れてるのに、コンテストとかに出したりしないでしまっておくの? 勿体無いってみんな言ってたよ」  ある日、撮影データを見ながら晩酌をしていると彼女が聞いてきた。彼女の写真を撮り始めて、気づけばかなりの時間が過ぎていた。しかし、コンテストなどそんなもの考えたことがなかった。写真は好きだが、プロになりたいわけではなかったし、撮ること楽しかっただけなのだ。それで彼女の笑顔が見られればそれでよかった。僕は生憎、納得のいかない写真をコンテストに出すだけの自信など持ち合わせていなかった。  彼女を撮るということは、彼女だけが上手く撮れていればいいと言うわけではない。彼女の動きを切り取ったその瞬間、その場が潤い、豊かに引き立てられるというもの。その世界が、彼女がそこにいると感じられる温かいもの。主役は彼女自身でもあり、彼女は脇役でもあった。それが、僕の撮りたい理想の写真だった。しかしそんな写真はいつまで経っても撮れなかったのだ。 「あなたはいつも自分で自分を評価するのが苦手でしょ? 私や私の友人はあなたの写真が好きなのに、どうして?」 「綺麗なものはどうしたって儚い。君は……君なんかは今にも消えそうなほどに、綺麗だから。僕はそれを写真に撮って大切にしたかったんだ。でも上手くいかなくて」 「消えそうだから大切にされるなんて私は嫌だ。あなたの言葉で言うなら、綺麗だからこそ、大切にされてみたい。あなたの撮る写真で私、すごく綺麗に見えるのに」  部屋の中はたった一つだけ、僕のデスク上のライトだけが点っている。しんと静まり返ったリビングには、彼女とのいつもの温かさが今この瞬間だけはどこかへいってしまったように感じる。彼女が笑っていないからだろうか。  彼女の言うことは正論だ。僕だって大切にされるのならばいっそ、僕の何かが綺麗だから、と言われた方が嬉しいに決まっている。はたして僕の写真は、彼女の持つ清廉された綺麗さと、儚さを写し出すことができているのだろうか。僕が口籠もっている間、雨の匂いは部屋を段々埋めていった。静かに、そして優しく降る雨音が遠くで聞こえる。言葉を出しづらいそんな重さのある空気を、心の中で湿度の重さのせいにした。 「もうこれまでに沢山君を撮ってきたけど、どれも僕の欲しいものはそこにないんだ。大切にしたいのに、大切にできない。消えてしまいそうなものが本当に消えてしまったら……」 「消えないよ。大丈夫、大丈夫。私はあなたの撮った写真が好きだもん。私はここにいるよ」  彼女はデスクトップに映る僕の撮った写真を愛しそうに眺めてニコッと笑った。僕は彼女の頭を撫でて、髪を優しく指で梳き、その髪に小さなキスをした。嬉しそうにした彼女は僕の膝の上に乗っかって、また嬉しそうに写真を眺め始めた。落ちないように腕に抱く彼女は細く、小さく、軽い。それなのに僕なんかよりもずっと強い。こんなに存在感があるというのにやっぱり消えそうな彼女を、いつもより強く抱きしめた。僕はいつも通り、どうかこの時間が長く続きますようにと願い、同時にそう願う時間が短くあるように願った。 「わかった。コンテストに出そう」
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