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「どうして……」
「写真の君はどうしても視えなかったんだ。何もしなければ、こうやって視えるんだけど」
そう言って彼女に触れようとした手を彼女が振り払った。鈍い音が聞こえた。パチン、でもなく、また音がないわけでもなく、プツン、のような。初めての彼女の拒絶に、何も言い訳ができなかった。僕は彼女を長年騙していたのだから。
彼女は先日現像してやった写真を握りしめて、下を向き長い髪で顔を隠した。小刻みに震えているのがわかる。何があっても僕の前では泣かない彼女は、おそらくその髪に隠れて泣くまいと我慢しているのだろう。ずっと、自分を撮ってくれていると思っていたのが実は、何も視えていなかっただなんて。僕は言えなかった。それをこんなに肩を落とす彼女を見て初めて悔やんだ。冷房がここにきてとても冷たく肌を撫でるようだった。
「いつから……いつから知ってたの。私が……私が人間じゃないことを」
「……最初に、君を写真に撮ったとき。僕はもともと、幽霊や妖の類が視えるような体質じゃない。だから写真に写らないことで、君が初めてそういうものなんだってわかった」
「じゃ、じゃあ。私の友人たちは……視えていなかったってこと?」
「ごめん……本当に」
彼女を最初に写真に撮った時から、彼女は写真にだけ映らなかった。ファインダーを覗くまでしっかり見えているのに、写真にだけどうしても映らなかった。そのせいで、いつか彼女は消えてしまうのかもしれない、いつか僕は彼女を見ることができなくなってしまうのかもしれないと思って、彼女をなんとかして写真に撮ろうとしたのだ。もちろん、儚くて綺麗な彼女を写真に撮りたいというのも間違いではない。最初に何も知らない僕が彼女にレンズを向けたのは、間違いなく、その理由なのだから。大好きな彼女を写真に残したいと思うのは、当たり前だ。
「僕は本当に君が好きだよ。君が何者であろうとも構わないから、これからだって側にいて? な、なあ!」
「前に、言ったじゃない。私はここにいるって……」
「あっ……うん。帰ろうか……翠」
泣けない、泣かない彼女のために、僕は彼女を連れて外に出る。傘はささなかった。さっきまで隣を歩いていたはずの彼女は、一歩半ほど僕の前を歩いた。ずっと聞いていられると思った不規則で下手くそなデュエットのような雨音と足音だが、今では頭を抱えたくなるような不協和音にしか聞こえなかった。
暫くして、振り返るびしょ濡れの彼女はほんの少し目を赤くしてまた「大丈夫だよ」と言った。きっと隠れて泣いたんだろう。雨が降っているのに「散歩」をしなかった日は初めてだった。家に帰り着き、バスタオルで髪の毛を拭いてやった時、君の頬には雨か涙かわからない水滴が伝っていた。
遠くで強い雨の音がする。
それに混じって、君が鼻を啜る音がする。
早く、止めばいいのに。
そんなに綺麗に泣かないで。翠。
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