雨音に包まれて

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夕方、16:30、イベントは無事終了し、片付け作業に入る。 「田辺くんは、これだけ車に積んだら、もう帰っていいわよ」 私は、台車を押す私の横を、数本の幟を抱えて歩く田辺くんに声を掛ける。 「あと少しですよね。最後までやりますよ」 そう言うと、田辺くんはイベント営業部の男性に負けないくらい一生懸命働いてくれた。 18時。 私たちは、社内に全ての荷物を運び終え、「お疲れ様でした」と皆に挨拶をする。 私もバッグを持って帰ろうとすると、後ろから田辺くんが近づいて来て、隣に並んだ。 「美弥さん、まだ時間も早いですし、飲みに行きません?」 ああ、打ち上げは後日のつもりだったけど、とりあえず今日軽く祝杯を上げてもいいかもしれない。 「じゃあ、みんなも誘って……」 私が、先にエレベーターに向かっている人たちに声を掛けようとすると、田辺くんは慌てて止めた。 「俺、知らない人たち大勢の中に1人だけって緊張するので、美弥さんと2人じゃダメですか?」 まぁ、確かに、他部署の打ち上げに1人混ざるのは居心地が悪いかもしれない。 「分かった。いいよ。どこ行く?」 私は年上の余裕を見せる。 田辺くんのリクエストで向かったのは、駅前のダイニングバー。 食事が美味しいと評判のお店。 私たちは、食事を楽しみつつ、ワインを空ける。 田辺くんは年下の無邪気さを感じさせつつも、マナーや礼儀をしっかりとわきまえているので、一緒に飲んでいても居心地がいい。 それから、頻繁に田辺くんから連絡が来るようになった。 仕事のこと、ニュースのこと、他愛もない会話に織り交ぜて、食事の誘い。 そうして、1月ほど経った頃、田辺くんに言われた。 「美弥さん、好きです。付き合ってくれませんか? 俺、年下ですけど、美弥さんのこと、ちゃんと守ります」 彼によく似た声でそう言われると、胸の奥がキュッと締め付けられるようにざわめく。 私は思わず、こくりとうなずいていた。
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