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嘘も方便
「すみません。ちょっと良いですか。」
私はお誕生日とクリスマスがいっぺんに来たような笑みを浮かべて、先程の店員さんを呼んだ。
「このお店の名前、何と読むんですか。いえ、景色は抜群で料理もすごく美味しいので、インスタに載せようと思って。」
我ながら呆れるが、目的のためなら、嘘も方便だ。
「サンチャゴですよ。是非、宣伝して下さい。」
褒められて嫌な気分になる人間はいない。盆と正月がいっぺんに来たような笑顔で答えてくれた。
「やっぱ、このエビは地元で獲れるんですか。」
「あはは、とんでもない。スーパーで売ってるものですよ。」
「そうなんですか。あんまり、美味しいから、えーと、何だったっけ。何とか網。」
「もしかして、地引き網ですか。」
「違います。船から引っ張る網です。」
「あっ、それなら、大敷かな。」
「そう、それそれ。」
大敷。魚が通りそうな海面に大きな網を仕掛けておく「定置網漁」。早朝、出向して漁場につくまでに船上で準備をして、 到着と同時に作業に取りかかる。網おろし、網の 巻き上げ、漁獲物の仕分け等の作業をおこなう。
「お嬢さん、若いのに、よく知ってるね。」
「前に中京テレビの熊野故郷特集の番組で観たんです。」
この話は、半分、本当だ。門下生の一人が、大敷で作業しているアイツを見つけて、私に写メで教えてくれたのである。このお店も、紹介されていた。
「朝早くから、大変なお仕事。そのおかげで私たちは、美味しいお魚を食べることができるんですよね。感謝ですよ。一度、リアルで見てみたいと思って、名古屋からやって来ました。」
私のつくり話にめっちゃ感動した店員さんだけでなく、厨房で料理をつくっていた店長さんから、コーヒーを飲んでいたおじさん、自称、熊野で一番美味しい干物屋さんまでこぞって、私に優しくしてくれた。
大敷を経営する株式会社の電話番号、活動時間、出港場所の磯崎町の場所まで、丁寧に教えてくれた。今晩、宿泊するホテルまで、教えてくれた。
私は、心の中でごめんなさい、ありがとうございますと頭を下げました。
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