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2 〈底抜け世界〉の一夜
なるべくドロップアウトした二人から離れたい一心で、いつもより行軍時間を延長した。もう十分だと判断したときにはすっかり薄暗くなっていた。
無言のまま、雨の降りしきるなか、バックパックからテントを引っ張り出して設営する。人手が足りないので幕営に手間取り、内部へ転がり込んだときには目の前で顔を触られてもわからないほど暗くなっていた。〈底抜け世界〉の夜である。
「ついてるよ」〈担い手〉が繊細な白い腕を伸ばし、わたしの脛にそっと触れた。「ヒル」
「畜生、この生きものはなんで存在してるんだ。誰の得になるんだ」
「ヒル自身の得になるんじゃないの」
彼女は手際よく塩水を振りかけ、不快害虫を抹殺してくれた。食いつかれていた部分からジクジクと血が滲み始め、痒くなってくる。
「どうするの、これから」〈担い手〉は立膝をして、膝小僧の上に顎を乗せてじっとこちらをうかがっている。
「知らんな。ぼくが聞きたいくらいだ」
逆説的なのだが、テントに潜り込むと雨音がよりいっそう意識される。薄っぺらな布に絶え間なく水滴が当たる単調なリズムが、狭苦しい内部に響き渡っている。
「抜けられるのかな」彼女は声を出して伸びをしている。「〈底抜け世界〉から」
〈底抜け世界〉は最下層に位置する最終処分場だと信じられている。上層には海があり、それを支える器が劣化して無数の穴が空いている。そのためここは止むことのない雨が降り注いでいるのだという。
もしこの逸話が真実ならば、わたしたちはどうやって脱出すればよいのだろう。天へ続く梯子を昇るのだろうか。それとも天を衝く山があるのだろうか。
なんにせよ、〈底抜け世界〉は巨大な監獄である。しかし、監獄であれば出入り口があるはずだ。
「信じるしかないさ」
わたしはあくびを漏らし、ごろりと横になった。テント内は常時浸水状態で寝心地がよいとは言いがたいけれど、外で寝て、ヒルを全身にぶら下げながら朝を迎えるよりは断然ましだ。
あと何百年、こんな日が続くのだろうか。
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