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「娘がいた時は、安定していたんですよね?」
「はい。その後、容態が急変しまして……」
先生と父が、何か話してる。美憂は、母にすがりついて泣いている。私はぼーっと突っ立って、母と美憂を見下ろしていた。
「妻は回復すると、言ってたじゃありませんか!」
父の声が、だんだんと大きくなる。
「最善は尽くしましたが、本当に残念です」
「あんたが何かミスしたんじゃないのか?」
父のこんな声は、初めて聞いた。
母が運び込まれ、ただ泣くしかできなかった私や美憂を「きっと大丈夫。母さんは元気になる」と言って、慰めてくれていた人とは思えない。
「そんなことは、決して……」
「じゃあ、なんで妻は死んだんだ?」
びくりと体が震えた。
——死んだ? 母が? あの元気だった母が?
泣き声と怒号が飛び交う部屋からふらりと抜け出し、外に出る。白い息を吐きながら澄んだ冬の夜空を見上げ、思いを馳せる。母が倒れた日の夜も、こんな感じだった。月がなく、澄んだ夜空に無数の星が輝いていた。
ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。
「もしもし、美奈?」
2歳年上の会社の先輩。仕事でもプライベートでも頼りになる優しい彼。
「お、かださん……」
「どうした? 何かあった?」
穏やかな彼の声音から、優しさとぬくもりが伝わってくる。途端に胸に詰まっていた思いが、涙と一緒に溢れてくる。
「おか……さん……」
「うん……ゆっくりでいいよ。ちゃんと聞いてるから」
「お母さんが……」
何度息継ぎをしても、その続きを言えなかった。『死んだ』と口にした途端、それが本当になってしまう気がして。
「で……ない……」
溢れる涙がこぼれないように、ぐっと顔を上げる。涙で滲んだ視界に、星の瞬きが激しく映る。
「ごめん。よく聞こえなかった。なんて言ったの?」
「お母さんは……でない……」
——目を覚ますって、言ってたじゃない。たとえ障害が残ったとしても、絶対家に帰ってくるって、言ってたじゃない。
「お母さんは、死んでない! 絶対、死なない!」
その時、星が強く輝いた。
眩しさに思わずぎゅっと目を瞑る。次に目を開くと、見知った天井が目に入った。
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