娘の話

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 目を覚ますと、私は自室のベッドにいた。  ——私、病院にいたんじゃ……  頭が混乱して起き上がれない。手探りで枕元のスマホを手に取る。時刻は6時25分。日付けは2月26日土曜日。  ——もしかして、あれも夢? 私、ずっと夢を見てたの?  ぼーっとスマホを眺めていると、隣の部屋のドアが開く音がした。美憂も起きたんだ。 「美憂」  ドアから顔を出し、美憂に声をかける。 「おはよ、お姉ちゃん。まだパジャマ?」  私服姿の美憂が、からかうように笑った。その顔に、昨日の悲痛な面影はない。 「ごめん。すぐご飯用意するね」 「ゆっくりでいいよ。病院行くのは午後だし」  やっぱり夢だ。2日続けて、なんて夢を見たんだ。  不吉な夢を見た自分にイラだちながら卵を割ったら失敗して、殻を取るのが大変だった。  お昼は、父が焼きそばを作ってくれた。野菜が硬かったり少し焦げていたりしたけど、味は悪くなかった。  母が元気だった時は、父がキッチンに立つことなんて1度もなかった。平日は忙しくて家事が出来ない父も、休日だけでも家事をがんばろうとする姿に、父も母が元気に戻ってくることを微塵も疑ってないように見えて、あんな夢を見た自分をひどく嫌悪した。 「いってらっしゃい」 「「いってきます」」  玄関で2人を見送ると、部屋を片付け掃除に取りかかった。掃除機をかけ終え一息付いた時、テーブルの上のスマホが鳴った。 「お父さん、どうしたの?」 「美奈。すぐ来れるか?」 「何? 忘れ物?」  家から病院まで、車で1時間ほどだ。2人が出てから2時間は経っているから、今頃忘れ物というのはおかしい。そう考えて、嫌な予感が頭を掠めた。 「大丈夫だとは思うんだがな……」 「うん」 「お母さんの容態が、ちょっと変わったらしくてな……」 「それって……」 「何、心配することじゃない。目が開く前兆かも知れないだろ? 美奈にも来てもらえって先生が言うから……」  スマホを持つ手が震える。悪夢の光景が蘇る。  ——先生が私まで呼んだのは、本当に目を覚ましそうだから? 「わ……分かった。すぐ、行く……」  声が震えそうになるのを必死で抑え、なんとか返事をした。  家から病院まで、電車で1時間半ほどかかる。外を眺めながらずっと頭に浮かぶのは、あの悪夢の光景。  ——大丈夫。きっと良いほうに容体が変わって、もうすぐ目覚めるんだ。  必死でそう思わないと、足を前に進められない。  重い足を引きずりながらなんとか病室の前にたどり着くと、中から父の声が聞こえた。 「どういうことだ!」  その声に、ドアに伸ばした手が止まる。いつも温厚な父が、声を荒げている。 「宮田さん……」  先生の声がする。複数人の人の気配がする。声は聞こえないけれど、美憂も中にいるのだろう。  怖くてドアを開けられない。確認するのが怖い。  ——あれは夢。あれは夢。現実じゃない!  一旦、病室から離れようと踵を返した背中に、父の声が届く。 「じゃあ、なんで妻は死んだんだ?」  びくりと体がこわばって、出した足が止まった。  ——嘘だ。嘘だ。嘘だ。だってあれは夢で、現実であるはずない!  ここから離れたいのに、足が震えて動かない。心臓が痛いほど鳴っている。頭が痛い。耳鳴りがする。  目の前が暗くなり、そのまま意識を手放した。
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