龍に九似あり

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物申し候はん(ごめんください)」 その人物は優雅にほほえみ、深々と礼をする。洗練されたその動作をしている彼は、お滝よりも幾分か年上だろうか。目元が涼し気な彼は、ゆっくりと二人に近づくので、康隆はさっとお滝をその背に庇う。 こんな雷雨に、音もなく、しかも雨の匂いをさせているにも関わらず、全く濡れていないその訪問者は、明らかに普通ではないと感じ取ったからだ。 (こんな雷雨の中を濡れずに来られるなんざ、人やない……悪いものではないやろうが、一体誰なんや……?) 「ああ、申し遅れました。私河太郎(かわたろう)と申します。主の命により、参りましておざります」 涼し気な目元をした彼はまるで康隆の心を読んだようにあっさりと名乗る。烈しい雨音の中で、静かなはずの彼の声が聞こえるのは奇妙である。 「河太郎て……ほんなら貴方様は河童……?」 呆然として呟いた康隆の声に、お滝は思わず素っ頓狂な声を出した。 「え、河童なん?! 河童って頭にお皿乗っけてて、緑色できゅうりが好物やって聞くあの河童?!」 お滝は目を丸くして彼を見た。烏帽子を被り、直垂を着ている彼は、どう見ても元服した直後の男性である。だがその身に纏う雰囲気は、ヌシを始めとする鯉達が漂わせるものとほぼ同一だった。 「左様で。ほんでこれは人に化けてるだけにおざりますよ、姫」 お滝の大声に、くすくすと笑って河太郎は応える。 そして、煌めきを増す宝珠に、ついと目をやった。 「それは正しく手前が探していたものに相違ありまへん。見つけたんがここでほんまに良かった。それがないと、いつまでも主は荒ぶったまんまになって、ここら一帯が洪水になってまう」 「荒ぶったまんま……? それは大変や!ほんなら一刻も早う返さんと!」   康隆は慌ててその宝珠を抱えて河太郎へ渡そうとしたが、彼は首を振った。そして庭の池の方角を指さして静かに言う。 「まだ持っといて下さい。ほんで今からあっちへ出てほしいんです。姫と一緒に」 康隆の顔がさっと強張ったが、何かを言う前にお滝が発言した。 「えっ、そないなことしたら濡れてまうよ?」 彼は微笑んで自身の直垂を指差した。 「濡れへんようにできるから安心し。さあこちらへ」 彼はお滝の方へ手を伸ばしながらそう告げる。康隆は渋面を作っていたが、やがて頷き、二人の後をついて庭に出た。礫のような衝撃が来ると予測して身構えていたが、庭に出てもそんなことは起こらなかったので、はてと首を傾げた。天を仰ぐと、ゆるく孤を描いて三人を避けているではないか。 お滝も康隆も思わず息を漏らす。
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