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龍の啼く日は雨が降る
きゅう、と耳元で何かが啼く。それに気づいて振り放け見れば、それは炎天に向かって、長く、長くこだまする。空気まで燃え盛るような、小暑だとは思えない今日において、よもやそれが聞こえるとは思わず、彼はやや目を見張る。
そうか、龍が来るのか
彼は即座に文机に向かい、さらさらと和紙に何かを書き付ける。墨が跳ねて、手を、和紙を汚してしまい、らしくないなとため息をついて筆を置き、しばし和紙とにらめっこをする羽目になった。
(この墨を誤魔化す方法は……どうやら無さそうやな……)
これが木簡なら削り取るだけで良いのに、と考えたとて、膠と煤の香りのするそれは、恨みがましく睨んだところで硯に戻ってくれる訳ではない。
やむなしと首を振り、新しい和紙に、今度は慎重に墨痕鮮やかにしたため、墨が乾くのを待つために、炎天を仰ぎ、その時を待った。
再びきゅう、と啼いたその声は、幾重にも重なった雲に叫び、消えていく。その余韻が消えるか消えないかのうちに、さああと地上を引っ掻いた。
飛沫を上げているそれらは煙のように、辺りをぼんやりと霧色に染め上げていく。
「……白雨」
彼の口から思わずそう漏れる。本来なら夕立の意ではあるが、現状はそう呼ぶのにもっともふさわしいものだからだ。
ふいにどたどたと、廊下を走る音がこちらに近づいてくる。彼は何事かと音のする方を振り返ろうとしたのだが、その前に音の正体は、湿った音と共に彼に体当たりした。
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