年に一度のデート

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「今年も雨だから会えないね」 彦星からのラインは、あまりに素っ気なかった。 ドレッサーに座って、天女みたいな格好の自分を見ていると虚しくなった。 何だよ、それ。 選挙じゃあるまいし、雨ぐらいでデートをキャンセルするなよ。 それとも、私はもうその程度の女ってことか? 返事をする気も失せて、ベッドに携帯を放り投げた。 確かに外からは雨音が聞こえる。 家の中にいても分かるほどだから、相当な土砂降りだろう。 橋になるはずのカササギたちも羽を濡らすのが嫌で出てこないだろう。 でも、あまりにあっさり過ぎないか? 一年に一度のデートだぞ⁉︎ カササギ使えないなら自分の牛使って来いよ! さっきまでせっせと織っていた反物が床に落ちた。 反物は端からほつれて、編んだ部分が糸に戻っている。 明日は思いっきり楽しむつもりで頑張っていたけど、もういいや。 ていうか、一年頑張ったって必要ないじゃん。 雨だし。 彦星はあんなだし。 遠距離の結末は、別れか結婚しかない。 彦星と織姫に結婚という二文字はない。 昔、サボって遊びまくったせいで、天のお父様がブチギレた。 いい加減許してくれてもいいんじゃない?と思うけど、 あの頑固親父、相当しつこい。 ……彦星にあの半分でも執念深さがあれば良かったのに。 もう、終わりなのかな。 出窓で頬杖して、天の川の向こうを眺めた。 「ゲームソフトもらえますよーに!」 能天気な子どもの声にガクッときた。 センチメンタルな気分を害されて、私は外に出た。 ふわふわの雲の上を歩いて下を見下ろすと、地球が騒がしい。 まあ、これもいつものことだ。 私や彦星にあれこれと地上の人間が願い事をしてくる。 ぶっちゃけ、ただのカップルに願い事を頼んで叶うとは到底思えないんだけど。 ピィー! 下からカササギが一羽だけ舞い上がってきた。 「あれ、お前何をくわえてるの」 嘴から外すと、綺麗な字で「ずっと一緒にいられますように」と書かれた桃色の短冊だった。 「だから、意味ないっつーの」 張本人たちが、別れの危機なんだから。 「っと、やべ」 短冊が濡れて、文字が滲んだ。 私は目頭をぬぐって、まっすぐ前を向いた。 不確かなものにすがっててもダメだ。 私はカササギの首元をさすった。 「待ってるだけも、いいかげん飽きたわ。  ちょっと文句言ってくる」 私は家に戻ってほつれた反物を手早く直して完成させた。 一年地道に腕を磨くと、こういう時に役立つ。 完成した織物と機織り機の長い糸巻きを手に取った。 急いで仕上げたとは思えない立派な反物を、天の川に浮かべた。 ヨイショ、と私が乗っても安定している。 「よおーし! オモカジいっぱーい!」 果てしなく遠い向こう岸を目指して、糸巻きをオールにして漕ぎだした。 雨に降られながら進むうちに、こんな道のりを(年にたった一度だけど)彦星は来てたんだなと初めて知った。 カササギたちも長い道のりを代わるがわる移動して、橋になるのはさぞ骨が折れただろう。 心の中で悪態をついていたことを、ほんの少しだけ後悔した。 ただ、天の川は広かった。 遠い。 そこはかとなく、遠い。 もう、着かないかもしれない、と思い始めた頃、ようやく彦星の家が見えた。 会ったら、最初に何を話そう。 『会いたかった』? それとも、『なんでもっと会いたいって言ってくれないの』? 色々な思いが交錯して頭がまとまらない。 ああ、もどかしい。 「ひ、ひこぼしー‼︎」 闇をつんざく声で名前を呼ぶと、牛小屋から人影が覗いた。 顔を見た瞬間、あれほど考えていたのに、一瞬で頭が真っ白になった。 込み上げてくるのは、涙だけで、ただひとときも目を離さず、彦星を見ていた。 川は彦星に向かって下っているのか、漕ぐのをやめても静かに反物ごと私を流してゆく。 雨粒の、天の川に落ちる音だけが響く。 優しくなにか尋ねているように、最後が少し跳ねて高い音になる。 もう言葉はいらない。 ここにあるのは、雨の音だけだ。 最悪だよ、 雨で巻き髪はしょぼくれてるし、 涙でマスカラが心配。 でも、会えて良かった。 私はまだ、この人のことが好きだ。 ゆるゆると反物が岸につくと、彦星に抱き寄せられた。 にわかに雨の勢いが増してくる。 彦星が何か言ったけど、聞こえなかった。 聞き返すと今度は、雨音にかき消されないように耳元で、 「来てくれて嬉しい。 好きだよ」 と囁かれた。
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