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今日も学校が終わって、いつもの駅に居た。電車が出るまで20分か…。ホームで待つには長いし、今からどこか行くには短い。そんなもんで駅内をうろうろしていると、何やら屋内には不釣り合いなほど大きい木が置いてあった。見ると、色とりどりの短冊が散りばめられている。そっか、今日は七夕だった。数年前まで住んでいた地元では、ちょうど今日から一か月後の七日が七夕だった。個人的な意見だけど、七夕って微妙にマイナーなイベントだから忘れるんだよな。せっかくだし、僕もお願い事書こうかな。
お願い事は少し考えれば、あっさり決まった。木の枝に短冊を括り付けて、満足げに木を眺めていると、聞きなれた声に話しかけられた。
「おーい、渋谷くーん?」
その瞬間、心臓は早鐘を打ち、耳が熱くなるのを感じた。
「うわっ、びっくりした。美咲じゃん。こんなところで会うなんて珍しいね。…彼氏さんは?」
「あー、あいつ今日部活のミーティングって言ってたな。折角私もオフなのに、あいつったら酷いよね」
「ま、まあ、仕方ないよ」
「それはそうと、何見てたの…あ、そういえば今日七夕か。忘れてたわ」
「わかる。忘れるよね。折角だしなんか書いていけば?」
「うん。そうしようかな」
美咲は新しい短冊を取って、スラスラと書き始めた。どうやら最初から願い事は決まっていたらしい。
「…早く治りますように、か。…お母さん、まだ体調良くないの?」
「うん、でもね、最近回復の兆しが見えてきたって、お医者さんが言ってたの。ホントに嬉しくて、泣いちゃったよ、私」
そう言って美咲は微笑んだ。頬にできたえくぼが、彼女の笑顔を愛らしく彩った。
「そっか、それは、よかったね。なんか、僕も嬉しくて泣きそうだわ」
「やめてよ~。でも、ありがとう。…そう言えば、渋谷君はお願い事書かないの?」
「いや、僕はもう書いたよ」
「え、そうなの?どれどれー?」
「や、やめてよ恥ずかしいもん」
「えー、私は見せたのにい。ま、渋谷君が嫌ならいいけど。でも渋谷君めっちゃ字汚いし、少し探せばわかっちゃうなあ?」
「ま、まってまって!お願い!」
「え、もしかしてそれがお願い事かなー?…うそうそ!探さないから安心してよ」
「あ、ありがとう」
「うん。じゃあ私この後約束あるから、またね」
「うん、ばいばい」
時計を見ると、短冊の木を見つけてから、10分も進んでいなかった。もっと、いや、もう少し、時間が経ったと思いたかった。浮ついた気持ちと落ち込んだ気持ちが、まるでコップに入った油と水のように二つに分かれていて、それをどうすることもできないまま、僕は駅のホームに向かった。
それから数分後、二人の男女が短冊の木の前で足を止めた。
「あれ、今日ってそういえば七夕か。皆どんなの書いてるんだろうな。ちょっと見てみようぜ」
「あ、あんまりジロジロ見るのは気が引けちゃうけど……あ、これ。『好きな人が笑顔でいられますように』だって。素敵ねえ」
「それにしても汚い字だな。普通こういうもんって丁寧に書かないか?文面からしても年少じゃなかろうし」
「そんなこと言わないの。こういうのは気持ちが大事なんだから。この人、好きな人と結ばれるといいね」
「…すまん、そうだな。きっと結ばれるさ。きっと、な。…俺らも何か願い事書こうか?」
「うん…って、あれ、もう短冊ないよ」
「あ、ほんとだ。まあ、俺はお前と一緒に居られたらそれでいいんだけどな。短冊にも、そう書くつもりだったし」
「ずるい。私もそう書こうと思ってたもん」
二人はその後しばらく笑い合って、木には一瞥もくれず去っていった。七月の蒸し暑い空気が、駅を覆っていた。
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