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「何をバカなことを言って……」 「……もしかして課長、照れてます?」 「そんなわけないだろ! 綺麗だなんて初めて言われたから驚いただけだ」  冴久は慌てて背を向けて頭からタオルを被った。そのせいで綺麗な顔はスッポリ収まり、姿を消した。  照れてるな、うん。課長ってばあんな顔もできるんだ……。普段の感じに整える前はこんなふうに前髪をおろしたりしてたってことでしょ?  それならいくらでも褒められる機会はあったんじゃないの? あ……でも普段からメガネなのか。 「……課長、メガネかけてなくても見えるんですか?」 「……視力は運転する時に必要なくらいで日常生活には支障はない」 「ああ……そうなんですね。普段からかけてるから相当悪いのかと」  これは完全なる童顔隠しのアイテムか。  詠眞はふむふむと頷きながら拳を顎にあてた。 「言っただろ。コンタクトが好きじゃないだけで」 「ええ。家の中では裸眼なんですね」 「ああ」 「あの課長……」 「なんだ……」 「お手洗いってどこですか」  もう膀胱は限界まで達していた。冴久が出てきたらすぐに聞こうと思っていたのに思いがけず会話をしてしまったものだから、タイミングを逃したのだ。急に切り替わった話に冴久は驚きよりも安堵が勝った。これ以上顔面のことに触れられるのは嫌だったからだ。  詠眞をトイレに案内すると、冴久はリビングに戻りようやく肩の力を抜いた。それから右掌で顔を覆った。詠眞に綺麗だと言われて動揺した自分が情けなくて恥ずかしかった。  なんなんだ……。あんなことをしれっというタイプじゃなかったじゃないか。いや……彼女についてなにも知らなかっただけか。……仁藤ともかなり仲が良いようだし、性格は案外似ているのかもしれないな。  そっと顔を上げた冴久は、自分のスマートフォンが置いてあるテーブルに近付いた。  綺麗か……。そんな感想がでるなんてな。  冴久はスマートフォンに手を伸ばしながら、過去のことを思い出していた。学生時代はその容姿からとにかくモテた。カッコいい、可愛いと言われることは当たり前だった。しかし、その真面目な性格から誰かと付き合っても「思ってたのと違った」「面白くない」「一緒にいても楽しくない」と言われることが多かった。  いつも勝手に告白してきて付き合ったら一方的に振られる。冴久としては必死に相手と向き合い、徐々に相手のことを知ろうと時間をかけて距離を縮めていきたかった。だからキスもセックスも相手のことを理解してからだと思い、簡単に手を出すこともなかった。  しかしいつだって相手は性急で、冴久を求めた。少し潔癖なところがある冴久はよく知らない相手と触れ合うことに抵抗があったのだ。そんな彼に彼女たちは「私のこと好きじゃないの!?」「好きなら触れたいと思うのが普通じゃないの!?」と問い詰めた。
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