イベント参加をご一緒に

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 トイレに閉じこもった詠眞は軽くなっていく尿意に恍惚の表情を浮かべていた。その時手に持っていたスマートフォンが通知を知らせた。 『お待たせしました!』  憧れのビジュからの返信。  わっ……ビジュさんだ。  今帰ってきたのかな。もうすぐイベントの時間だし、部屋に閉じこもって参加しよう。課長に勘づかれても嫌だし……。  そう思った詠眞はさっさと寝間着のズボンを上げてトイレを出る。手を洗わせてもらおうとリビングへ向かった。  ドアをそっと開ければ冴久が立ったままスマートフォンを操作していた。何か文字を打ち込んでいる様子に誰かと連絡でも取っているんだろうと詠眞はゆっくり目を瞬かせた。  タタっと素早く指が動き、冴久は画面を暗くしてスマートフォンを持った手を下ろした。その瞬間、ブブッと詠眞の手の中で音を立てた。  まるで無意識にそれを見る。たった今届いたばかりのディスコード。 『イベントは22時からで大丈夫です(^^)週末イベントについてもそのあと流れを確認しましょう!』  ビジュから届いたチャット。冴久が誰かに文章を送っていたのとほぼ同時に届いたのだ。 「え……? ビジュさん?」  あれだけ知らない振りを通そうと思っていたにもかかわらず、詠眞はポツリと呟いてしまった。その声が冴久の耳に届くと、彼はバッと勢いよく振り返った。  今まで見た事のない血相を変えた冴久の顔に、詠眞はただただゆっくりと息を飲んだ。  お互い微妙な空気感の中、暫し見つめ合った。微動だにしない2人に緊張感が走る。  先に沈黙を破ったのは詠眞だった。 「あの、水道借りていいですか」 「ああ……。そこのタオルを使ってくれればいい」  尚も張り詰めた空気の中、詠眞はジャーッと水を流した。置いてあったハンドソープを借りて、丁寧に手を洗う。その間、冴久の視線は詠眞に向いたり、窓側を向いたり。いつもよりも落ち着きのない様子に、詠眞も冴久が何かに気付いているのだと察した。  言われた通りにタオルで手を拭く。指の間までしっかり拭って水分を取り除いた。その時間でさえとてものんびりと感じた。 「あの……課長ってビジュさんなんですか?」  ここまできたら聞かずにはいられなかった。お互い気まずい中、たったの数日間だって一緒に住める気がしない。ただの上司と部下として割り切りにはとても微妙な空気感だった。  詠眞の言葉にビクリと肩を震わせた冴久。まさか、そこまで気付かれているとは……と片手で額を押さえた。  ああ……そうなんだ。  詠眞にそう思わせるには十分な反応だった。
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