幸福搾取

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「いざとなったら、逃げてやろうと思ってるからだよ」 「……どういうこと?」  頭の悪い私は、話が全く飲み込めない。離婚で縁が切れる私と友樹と違って、姉弟の縁は切ることなど出来ない。 「もし親が事故とかで急に死んでしまった場合、世帯を別にしておいて私が弟の扶養を断れば、弟には障害年金と1.2万の生活保護が上乗せされる。生活保護を受給すれば、行政が動く。国が弟を生かしてくれる」 「……なるほど」  奈子の一人暮らしの理由が、ただ親元から離れれくらしてみたい的なカジュアルなものでなかったことに、胸がきゅっとした。 「……だけど、姉の私が弟を見捨てていいものかって、悩んで悩んで今も結論が出ない。私ね、自分の親をめっちゃ恨んでるの。それは、障がいのある弟を産んだことじゃなくてね、弟の将来をちゃんと考えずに私に押し付けようとしてることね。親の気持ちも分かるんだよ。弟、多動だから、自分の気に入らないことがあると相手に殴りかかったりしちゃうのね。もう、躾とかの問題じゃないの。障がいだから。何を言ってもなおらない。他人様に危害を加えないように、ずっと見てなくちゃいけない。18年で済むと思った子育てが一生続く。辛いとは思う。でもさ、『お前の弟だろ』『面倒見ないなんて酷過ぎる』って私の良心を刺激して弟を託すのは残酷過ぎる」  奈子が奥歯を噛み締めるから、ギリッという歯ぎしりが聞こえた。
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