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見えてるんだね
「アブナイ」
「どうしたの?巽君?」
「だって、あんなところにいたら危ないのに」
橋の欄干から身を乗り出すように川を眺める女の子がさっきから気になっていたから、思わず声に出てしまっただけなのに。
ふっと冷たい風が頬を撫でているのに気づく。
もしかして、またやっちゃった?
「橋のところに誰かいるの?」
僕の見ていた方向を見上げながら、義母の都香沙さんが僕に聞いてくる。
「何でもない。気のせいだったかも」
僕はいつものように言葉を濁した。また余計なことを言ってしまったのかもしれない。
「もしかして、巽君には誰か見えてた?あの橋の辺り」
「えっ?」
僕は都香沙さんの顔をマジマジと見返してしまった。
「ゴメン、匠さんから聞いてたの。その、巽君が見える体質だって・・・・」
匠とは僕の父親の名前だ。
「そうなんだ」
なんだ、都香沙さんは知ってたのか。
「その・・・気にしなくていいよ。ウチの方の家系にも、たまに見える人が出るのよ。だから隠さなくていいからね」
「見える人?」
「最近だと、私のひいおばあちゃんの妹さんが見える人だったみたいで。その人は、巫女さんみたいなことをしてたって。正確には『口寄せ』っていうんだけど。イタコとかって聞いたことない?」
「巫女さんは聞いたことあるけど、イタコ?」
「まぁ、それがきっかけで巽君のお父さんと知り合うきっかけになったんだけどね」
「そうなんだ」
あの父親がどうやって、都香沙さんみたいなキレイな人と知り合えたのか疑問だったけど、今、その謎が解けた気がする。
「だから私には隠さなくていいから」
重ねてそう言われれば、そうなんだろうと理解する。そうか、秘密にする必要がないのか。秘密にしなくていいと思えば、少し気が楽になったのも本当だ。だったら、言ってしまえ。嫌われたり、引かれたりしたところで、もう家族になっちゃんだし、この僕の『見える』体質を都香沙さんも受け入れるしかないのかもしれないと開き直った。
「あの橋のところに川を覗き込んでた同じ年くらいの女の子が見えたんだ」
「そっかぁ」
別に何でもないことの様に、返事をする都香沙さんは再び橋の方に目をやった。多分、都香沙さんには見えていないんだろう。都香沙さんだけじゃない、普通の人には見えないんだ。
「あの女の子、あそこから落ちて死んじゃったのかな?」
「どうだろうねぇ?川に何か気になるものがあったのかな?」
「そんなの分からないよ」
ちょっと不貞腐れたような言い方になってしまったかなと思う。
「分かるわけないよね?巽君、その女の子のこと、もし気になるなら、このタンポポでも、川に流してみない?」
「なんで?」
「なんとなくね」
『なんとなく』かって、いい加減だなって思ったけど、それも悪くないような気がしてきた。覗き込んでいた川に花が流れていったら、あの子も少しは喜んでくれるんだろうか。少しは慰めにもつながるだろうか。見えないはずのものが見えるたび、僕の気持ちは塞いでいく。いつまでたっても、この感覚には慣れない。
それから僕は都香沙さんと一緒にタンポポを摘むと、川に流した。
それで何が変わるわけじゃないけど、なんとなく少し、いつもより気分がいい。見えちゃった後は、いつだって後味が少し悪かったから。僕に見えたところで、僕には何も出来ないのだから。
「落ち着いた?」
「えっ?」
都香沙さんはどちらかと言うと淡々とした人で、怒ったり笑ったりとか、あまり表情の豊かな人ではないけど、気持ちが安定している人のような気がする。凪な空気感。そんな彼女が、僕の置かれているこの状況を理解してくれているかと思うと、正直、かなりホッとしていた。
「アイスクリームでも買って帰ろうか」
僕は思いっきり頷いた。
あの時、都香沙さんと半分こしたコンビニで買ったキャンディを、僕は未だに好きでいる。理由はわからないけど。キャンディは冷たいのに、体の内側はホッとあったかくなるような感じだった気がする。
同じアイスを見るたびに、食べるたびに「気にしなくていいよ」そう言って、ちょっとだけ笑ってくれた都香沙さんを思い出すことが出来るから。多分、それは僕にとって、いつでも思い出したくなる記憶なんだろう。
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