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長雨
むせ返るような湿気。降り止まぬ雨。梅雨は絶好調。
慣れた動作で窓辺に腰かける。外に放りだした足を雨が濡らしていく。
ぽたぽたとアスファルトを打つ雨粒は静かに、しかし確かに主張をして季節を伝える。
身を乗り出し、曇り空へと手を伸ばす。
「死ぬの?」
不意に聞こえたその声の主は宙に浮いていて、おまけに半透明だった。
「……オカマ?」
「オネエよ──って、ちょっと!」
男を置き去りにピシャリと窓を閉めた。迅速に施錠を済ませる。
まつエクだかマスカラだか知ったこっちゃないが、長い睫毛をバサバサと動かして瞬きを繰り返す男は困惑顔だった。ダメ押しに「しっしっ」と手を振って、私は窓に背を向けた。
「ちょっと酷いじゃなぁい」
耳元で聞こえた声に顔が引き攣った。
「ま。アタシ幽霊だから意味ないけどぉ」
そう得意げに男は長い髪をかきあげ、「きゃっ。言っちゃった!」と、満面の笑みで頬に手を添えた。
(なんだこいつ)
正直突然の非日常の襲来に頭が追いついてない。もしこの状況をそつなく対応できる人間がいるなら見てみたい。
「で。死ぬの?」
オネエ幽霊は窓枠に寄りかかり、笑みを薄くした。
「……まあ、そのうち」
私の答えにオネエ幽霊は、ふぅん。と相槌だけ打った。自分で聞いたくせに。
「アンタ名前は?」
「え?」
「なーまーえ」
唐突な話題転換についていける自信がない。私は逡巡して呟いた。
「ナツキ」
「綺麗な名前ね」
「そりゃどうも……。あんたは?」
オネエ幽霊はキョトンと首を傾げた。
「そっちも名乗りなよ」
「あ〜……」
オネエ幽霊は暫し目を泳がせ、ふと手元に視線を落とした。
「紫陽花。あじさいって呼んでちょうだい」
あじさいが指差した先には紫陽花を生けた瓶があった。
その声と所作には何やら焦りのようなものが感じられたが、どうでもよかった。
「じゃあ、あじさい。今すぐ出て──」
「ところで頼みたいことがあるんだけど」
「聞けよ」
私の言葉が聞き届けられることはなく、あじさいは笑顔でその唐突な頼み事を口にした。
「晴れ間を見つけて欲しいの」
「……は?」
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