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「あんまり食べ物とか無いけど、酒なら幾らでもあるから飲んでいいよ」
彼女の部屋は僕の部屋とは違ってA型に優しい部屋だった。本棚も机も綺麗に整頓されていて、一種の清潔感を感じられた。
「本当に酒しかないね、ちーちゃん」
「……ちーちゃんって呼ばないで。私の事は千春って呼んでよ」
幼稚園の時に彼女は父の仕事で県外に引っ越したのを思い出した。もう2度と出会うことは無いと思っていたが。
「……最初から全部知ってて、僕に昔話させたんだね」
「……そうよ。まさかあんな意気地無しになってるとは、思わなかったけどね」
千春の言葉がナイフのように僕の心を傷付ける。痛い。
「……はい、これ」
「……これって、鏡?」
「君が私達の仲を引き裂いた思い出の鏡だよ」
「見つけてくれてたんだ」
「……先生が来た後に、草むらから見つけちゃったの。今出しても遅いと思って、渡さなかったんだけどね」
銀色のケースが光に当たって輝いている。まるで新品のように、綺麗だった。
「……君は恋心を失った事を嘆いているんだよね。だったら、確かめに行かない?本当に恋心が消えたのかを」
「え?」
「今度、真美と遊びに行くの。君も付いて来なよ。案外もう1度出会えば、恋も再燃するかもよ?」
「……でも、まみちゃんは僕の事興味無いよ」
「獲物は取りに行かないと!受動的な狩人は、淘汰されて終わりだよ」
千春はぶっきらぼうに見えて、本当は優しい。鏡だって腹いせに壊しても良いのに、彼女はそれをしなかった。
「……僕の部屋がこのマンションにあるって知ってて、引っ越してきたでしょ?」
「……どうして、そう思うの?」
「何となく」
引っ越して来たのなら声をかけて欲しかったし、僕も僕でなんで気づかなかったのだろう。でも今は、神様とやらに感謝したい。過去の同級生と巡り合わせてくれた事。
「理由は分からないけど、ありがとう」
「……気付いてよ。鈍感」
彼女のか細い声は、僕の耳にまでは届かなかった。
僕は自分の部屋に戻って、CDプレーヤーを持った。お気に入りの歌手のCDをセットして、彼女の部屋に舞い戻る。
「前、怖い男の人に怒られてたでしょ?ここで音楽流さないでよ」
「千春の部屋なら、あの人の所まで音は届かないよ」
電源を入れてCDを回す。軽やかな洋楽が流れて、酒を飲むスピードが上がる。
「折角だし、乾杯しよう!」
「君もう5杯目だよね?」
「今日という日に、乾杯!」
「……この酔っ払いの自殺未遂者め!君なんて、大好きよ!」
あれだけ憎かった雨音は、僕達の喧騒と洋楽に掻き消されて、もう聞こえなかった。
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