雨音が憎い

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 僕の思い出話は、幼稚園の時まで遡る。僕はその時、1人の少女に恋をしていた。幼稚園ではいくつかのグループが形成される。僕が入ったグループは7人くらいの男女混合のグループで、馬鹿みたいな賑やかさが特徴的だった。 「たっくん。早く早く!」 「うん、まみちゃん!」  『たっくん』と呼ばれる度に心臓が震えた。幼稚園児だった僕でも、その鼓動が、幸せを意味してる事は気付いていた。 「ちーちゃん!早く!」 「待ってよ、まみちゃん」 「ははは!」  僕達7人のグループは、いつまでも仲良しだと、そう思っていた。あの事件が起こるまでは。  僕達の絆が壊れたのは、遠足の日だった。小雨がポツポツと降っていて、小型の傘を携行して、遠足に向かった。僕達はいつもみたいに7人で固まって歩いていた。  事件が起こったのは、1人の少年が鏡を無くしたからだ。僕達は弁当を食べる暇も惜しんで、探した。雨足が強まって、傘をさしながら懸命に探した。  鏡は、見つからなかった。  見つからないことによる不満と、雨の不快感が合わさって、空気があまり良くなかったのを覚えている。笑い声は消えて、嫌な静寂が漂っていた。 「もう探すのやめようぜ。こんだけ探したんだから、もうねえよ」 「あと少しで見つかるから、探そうよ!」 「見つからねえからこんなに汗かいてんだろ!もういいよ!」 「きゃっ!?」  気の強い1人が他のメンバーを殴ろうとして、まみちゃんとちーちゃんが止めようとしたのを今でも脳が覚えている。僕は、動けなかった。  鏡を落とした「1人の少年」は、僕の事だったのだから。  結局、先生に喧嘩を止められてその場はお開きになった。7人のメンバーで集まる事は、もう無かった。  これくらいの陳腐な話で自殺なんてするのか、と思うかもしれない。そう、これだけなら、傷付くだけで済んだ。結論から言おう。  僕の大好きだった「まみちゃん」は、大学生になって、舌ピアスを開けて、髪を金髪に染めて、見知らぬ男と手を繋いで歩いていた。  僕とまみちゃんが出会ったのは、本当に偶然だった。鏡の件で自罰的になってしまった僕は、はしゃぐ事を止め、まみちゃんとは違う高校に進んだ。  その日僕は電車に揺られて、僕の大好きな洋楽を聞いていた。その時だ。目の前に、まみちゃんが現れたのは。  僕と目が合って、相手は僕の存在に気付いていた。僕はその姿に驚いたけれど、精一杯の笑顔で答えようとした。  まみちゃんは僕の事をはっきりと知覚し、きちんと目線を合わせて、何も言わずに電車から降りた。  僕の自殺の原因はここにある。小説で書いたら在り来りすぎてすぐに打ち切られるだろう、しょうもない理由。  初恋が実らなくて自殺するなんて、悲劇じゃなくて、最早喜劇に近いからだ。
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