雨音が憎い

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 僕は借りているマンションの一室で、雨音をBGMに安い酒を楽しんでいた。僕は母から譲り受けたCDプレーヤーで、退廃的なアーティストの音楽を聞こうとして、止めた。2日前に同じことをして、隣の部屋の大柄の男に怒られたからだ。  20歳になって初めて酒を飲んだ時は、もう2度と飲むかと思っていたが、今の僕にとって酒は命の源だった。大学生として授業を受けて、疲れ果てた体に効く唯一の薬と言ってもいい。酒の魔力に、僕は心を奪われていた。飲むのも、今日が最後になるが。  空き缶が床に散乱している。ゴミを外に出すのも億劫になって、僕の部屋はA型の人を殺す部屋になっていた。  雨音が強くなる。台風が近づいているらしく、大雨注意報が発令されているのを思い出した。窓を開けると、垂直に降らない雨が僕の体に打ち付けてくる。雨足が弱まるのを待って、僕はベランダに出た。  突然で悪いけれど僕は今日、自殺する。これは酒の魔力に心を奪われたからでもなく、雨音に精神を病んだ訳でも無い。マンションの8階からなら、きっとぐちゃぐちゃの肉塊になれるだろう。  酒の力を借りないと死ねないあたり、僕は最後まで弱い人間だったらしい。なんというか、呆れた。そしてその呆れを抱えたまま、僕は柵に足を引っ掛けて━━━━━━━━━ 「お隣さん、声聞こえる?」  壁に仕切られた隣のベランダから、若い女の声がした。 「今時自殺なんて流行らないよ。危ないからやめときなって」 「……なんですか、いきなり」  怒りの態度で不平を表明するが、限界だった。空に投げ出そうとした足は子鹿のように震えていて、全身の怯えが止まらない。酒の魔力は品切れになってしまった。 「声、震えてるよ」 「雨で寒くて震えてるだけです」 「今は7月なのに?かなりの冷え性なんだね」  クスクスと笑い声が聞こえる。 「何か深刻な悩みがあるなら、話してみなよ。聞いてあげるからさ」 「解決はしてくれないんですね」 「出来たらするよ」 「それ、出来ない奴の常套句ですよ」  僕はもう、自殺するための勇気を使い切ってしまった。僕は投げやりな気持ちになって、台所にある冷蔵庫からウイスキーを取り、ベランダへと運んだ。隣からも氷と何かを注ぐ音が聞こえた。アルコールの匂いが微かに漂ってきたから、彼女も飲むつもりなのだろう。 「退屈な話になるけど、聞いてくれるんですか?」 「私も退屈してたんだ。無料で人の不幸の蜜を舐めれるなら上等だよ」  なんて人間だと呆れながら、僕は、ぽつぽつと昔話を始めた。  僕の人生のピークで悲しい話を、雨音をBGMにして。
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