友斗視点3

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 友斗視点3

 琢磨と付き合い始めてから一年が経った。    一月二日、正午前。  友斗と琢磨は近所の神社で初詣をしたあと、予定通り琢磨の家に向かった。  途中、コンビニに寄ってビール数本とつまみ、ポテトチップスを買った。ついでにレジ前に置いてあるあんまん、ピザまんも購入する。 「甘いの嫌いなイメージがあったけど、そうでもないんだね」  友斗は電子マネーで会計をしながら、隣に立つ恋人に話しかけた。 「甘いの嫌いって言ったことありましたっけ。全然嫌いじゃないですけど」 「そうなんだ。いや、琢磨ってしょうゆ顔のイケメンだから。お煎餅と日本酒が好きなイメージで」 「ずいぶん勝手なイメージですね。煎餅は食べますけど、日本酒は飲んだことないし」 「日本酒嫌い?」 「いえ、飲む機会がなかっただけで。ビールもたまにしか飲まないし」  とっくに二十歳を超えているのに、あまりお酒に興味がないようだ。真面目だなあと思う。そういう自分も、お酒が大好きというわけではないが。  コンビニを出て三十メートルも歩かないうちに、目的地に辿り着く。七階建ての鉄筋コンクリート造のマンションだ。新築ではなさそうだが、古びてもいない。  エレベーターで三階に上る間、琢磨がさっきの買い物の代金を半額払うと言い出した。彼らしい律儀さに笑いながらも、友斗はその申し出を断った。 「一泊させてもらうんだから良いんだよ。俺に払わせて」 「そうですか? じゃあ、有り難く頂きます」  一年付き合っても、琢磨は相変わらず敬語を使ってくる。最初は堅苦しい感じがして改めるように頼んでいたが、今は慣れてしまった。距離を取ろうとしてそうなっているわけじゃないと分かっているから、もう気にしていない。 「おじゃましまーす」と、一応挨拶しながら、玄関に足を踏み入れた。もちろん返事はない。琢磨の両親は、昨日から三泊四日の沖縄旅行に行っているとのこと。だから友斗を呼んでくれたのだ。   玄関入ってすぐの向かって右側に、琢磨の個室があった。四畳半で、ベッドと勉強机があるから、けっこう狭い感じ。  洗面所に促され、手洗いうがいを済ませたら、リビングの方に通された。十畳程度の広さだ。ベージュのソファに座り、自然な流れで琢磨がリモコンでテレビをつけた。箱根駅伝のライブ放送だ。 「あ、今日と明日だよね、駅伝。うちの大学、けっこう強くていつも優勝候補だよ」 「ああ、そうですね……W大」  喋りながら、つまみのパッケージの封を切り、あんまんとピザまんを皿に載せ、ビールのプルトップを開ける。 「改めて、明けましておめでとう〜」 「おめでとうございます」  コツンと缶をぶつけて、乾杯する。 「あと、付き合ってちょうど一年だよね、それも乾杯」 「そうですね。一年……」  琢磨の顔がパッと明るくなった。口角が上がって、生真面目な表情が柔らかくなった。  テレビから流れる駅伝の中継を眺めながら、お互いの今後について語り合った。  友斗はM証券に就職が決まっていて、実家からも会社に通えるが、一人暮らしがしたい旨を伝えた。琢磨も来年の春から地元のカーディーラーに務めることになっているが、お金が貯まるまでは実家から通勤するつもり、とのこと。 「そっか……じゃあ俺も、しばらくは実家で良いかなあ」  その方が琢磨と会いやすいし。一人暮らしより、実家に住んだ方がお金がたまる。お互いある程度貯蓄ができたら、一緒に住むのも良いな――なんてことを考えたら、顔がにやけてきた。だめだ、必要以上に妄想が捗る。飲みすぎたせいかもしれない。  目の前のテーブルには、飲みきったビールの缶が四本。そのうち二本は自分が開けた。  ちらっと琢磨の横顔を見る。少し赤い顔をして、ぼんやりとテレビを眺めている。お酒に弱いのかもしれない。  ――キスしたいな。  ここには自分以外誰もいないのだし。二人っきりで思い切りくつろげる場所だ。  友斗は琢磨の肩に手を置いた。条件反射のように、彼がこちらを向く。近距離で視線がぶつかる。黒目がちの、いつも濁りのない目が、少し赤い。  自分からもっと顔を近づけ、唇を寄せる。ちゅっと音を鳴らしてキスをする。とたん胸がきゅっと縮んだ気がした。  ――好きだ。すごく好き。  キスを繰り返すうちに、テレビの音が遠のいていく。閉じていた瞼を開く。と、恋人も目を開けていて、愛おしそうに友斗を見ていた。  ――もっとくっつきたい。  右足を軸にして腰を上げ、琢磨の膝に座った。無意識にしていた。そしてまたキス。触れた部分がくすぐったい。でも心地良い。  ――ずっとこうしていたい。  セックスがしたいとは思わないけれど。体を密着させてキスするのは好きだ。  琢磨が両手で、友斗の頬を包み込んでくれる。大事なものに触れるような手付きで。一度唇が離れ、「友斗さん」と、彼が掠れた声で呼んでくる。うん、と答えようとしたが叶わなかった。その前にまた唇がくっついた。濡れた感触に驚く間もなく、琢磨の舌が侵入してくる。互いの舌が絡まる。クチュっと、唾液の混じる音に、嫌な予感がする。  ――いままでディープキスなんてしてこなかったのに。  一年間一度もなかった。触れるだけの優しいキスで終わっていたのだ。  ディープキスが嫌なわけじゃない。ただ、その先を期待されたら、困る。  残念そうな顔で見られたくない。かつての拓也のように、期待を裏切られたような目をされたら嫌だ。  友斗は琢磨の両手首を掴んだ。そのまま、己の頬から彼の手を引き剥がし、キスを中断させた。  あ、と琢磨が呟いた。伏せていた目がパッと見開かれ、それと同時に体を左右に捻った。友斗から体を離そうとしたのだ。でも遅かった。  友斗の手は、一瞬だが、琢磨の股間に触れてしまった。彼のものは硬くなっていた。  琢磨の膝から退いても、その感触は手に残ったままだ。消えない。  一方自分の性器は、全く反応を示していないのだ。 「あの俺――トイレ行ってきます」  苦しそうに息を吐いた恋人が、早足になって友斗から去っていった。  それから三十分後、友斗は琢磨のマンションから百メートル歩いた場所で、兄に電話をかけていた。 『ただいま電話にでることができません――』  連続で三回かけても、呼び出し音が十回続いたあと自動音声になってしまう。  ――なんで出ないんだよ、いつでも相談しろよって言ったくせに。  イライラしながら、四回目にトライした。すると五コール目で通話になった。 「ごめん、いま立て込んでるからさ、あとでこっちから」  変な息継ぎの音がした。余裕のない声だ。 「そんなの待ってらんないんだよ! いますぐ相談に乗って!」 「はっ? なに? 困るよ、切るよ」  迷惑そうな怒った声。でもこちらも譲れない事情があるのだ。 「やだ、本当に重大な相談だから!」 「ええ? なんだ、ちょっと待って」  まだ息継ぎが苦しそうだが、声には余裕ができている。何秒か待つと、咳払いのあと「おまたせ」と落ち着いた声が聞こえてきた。 「あのさ、さっき琢磨とキスしてたら琢磨が勃っちゃって、どうしよう、逃げてきちゃったよ」  順序立てて説明する余裕もなかった。時間もないのだ。実家に忘れ物を取りに行くという名目で琢磨の家から出てきたのだ。早く戻らないと彼が心配する。 「ああ……いつかはそんな日が来ると思ってたよ。遅いくらいだよな。いくら性欲が少な目っていってもまだ若いし」  裕斗が冷静な声で答えてくる。 「どうしよう。琢磨の家で一泊する予定なんだけど。また勃ったりしたら」 「ちょっと落ち着けよ。勃っても琢磨は襲ってこなかったんだろ」  友斗たちのやり取りを直接見ていたかのように、裕斗がすらすらと言葉を紡いでいる。 「何回勃っても、琢磨なら友斗に無理強いすることはないと思うよ。自分で処理してくれるだろ」  おそらく兄の言う通りだ。だけどそれで本当に良いのだろうか。  トイレで抜いてたであろう、琢磨の顔を直視できなかった。いたたまれない気持ちになったのだ。 「後ろめたくて一緒にいられない?」  裕斗が鋭い言葉を投げかけてくる。 「――琢磨がしたがっても、俺は応えられないから」  少し気持ちが落ち着いてきた。どうしてあの部屋にいて、いたたまれない気持ちになったのか――。それは罪悪感を覚えたからだ。恋人なのに、一年も付き合っているのに、彼の望みに応えられないのが申し訳なくて。 「別れたほうが良いのかもしれない」  いつか我慢ができなくなって、琢磨が離れていくのなら、そうなる前に自分から。 「琢磨が勃ってるのを見て気持ち悪くなった? なったんなら別れたほうが良いかもな」 「それはない。気持ち悪いなんて思わないよ」 「だったら一度やってみたら良いんじゃないの。それから考えろよ。別れる云々は」  裕斗らしいアドバイスだった。拓也とのことで相談したときも、「ヤらせてやれよ」と言われたことがある。 「俺は性欲がないんだよ。琢磨のことが好きだけど、キスをしても俺は勃たなかった」 「勃たなくても良くね? 友斗がタチなの?」 「いや、わかんないけど……」 「ウケなら勃たなくても出来るから大丈夫。やってみろって」  裕斗の声が明るくなっている。少しふざけている感じもする。 「全然反応しなかったらどうするんだよ、俺としてもつまらないって思ったら」  話している途中で、裕斗があはは、と笑った。人が真剣に悩んでいるというのに。 「そういう不安は誰にだってあるから。俺だって、初めての相手とは緊張するって。友斗さ――もうその気になってるじゃん。拓也のときとは違うな」 「え、そうかな、どこが違う?」 「拓也とは全くやろうとしてなかったよな。だから俺にピンチヒッターを頼んだんだろ? でも今回は違う。ちゃんと自分で対応しようとしてる。すごく誠実だと思う」   裕斗の最後の言葉に、なぜか目の奥が熱くなった。少しは変わることができたのだろうか。誰にも責められはしなかったが、ちゃんと分かっていた。拓也と付き合っていたとき、彼に対して不誠実な態度を取っていたことも、自分勝手な考えで裕斗を振り回していたことも。 「琢磨は無理強いする奴じゃないって分かってるんだろ。それにも関わらず、友斗は心苦しくなって、こうやって俺に相談しているわけじゃん? もう答えは出てるよな」  兄の声が一段と優しくなった。 「大丈夫、琢磨はどんな友斗だって受け入れてくれるよ」  一年もプラトニックを貫けたんだから相当好かれてるよ、と更に勇気づけてくれる。 「あ……ありがと。戻るよ。琢磨のうちに」 「よしよし、それで良いんだよ」  安心したようなため息が聞こえてくる。 「あ、ゴムとローションは忘れるなよ。琢磨は用意してない気がするんだよなあ」  電話を切る直前の台詞も、やっぱり裕斗らしかった。  コンビニに寄ってから琢磨の家に戻ると、彼は何事もなかったように玄関で出迎えてくれた。 「いま面白いテレビもやってないし、映画でも観ませんか」  彼の提案に頷くと、またリビングに通され、一緒にソファに座った。  適当に二人で選んだ映画は失敗だった。冒頭からつまらなくて、三十分経過したところで、友斗の意識は遠のいた。  気がつくと、友斗は琢磨の膝を枕にして寝ていた。ハッとして体を起こす。 「ごめん、寝ちゃった」 「良いんですよ。つまらなかったですね」  苦笑しながら琢磨が立ち上がった。そのとき、彼の股間が膨れていることに気がついた。 「琢磨」  つい名前を呼んでいた。 「ごめんなさい。いつもはコントロールできてるんです。今日はちょっと……」  はあ、とため息を吐いて、額に手を当てている。 「――コントロールって」 「友斗さんと会うときは事前にヌいてます。それで問題なかったんですけど」  自嘲的に笑って、琢磨がまた友斗に背中を向けた。やはり友斗に求めてくることはなかった。自己処理するのが当たり前のようにトイレに向かうのだ。  ――行かせたくない。  とっさにそう思った。  ――なんで謝るんだよ。勃つのが悪いことなのかよ。  でも謝らせたのは自分だ。一年我慢させてきたのも自分なのだ。 「琢磨」  琢磨を追いかけて、トイレのドアが開く直前で彼の腕を掴んだ。 「しようよ、したいなら」  喉から声を絞り出した。顔が熱くなる。琢磨に抱きついた。 「でも、友斗さん、こういうのは」  困惑したように上擦った声。でも、ちゃんと友斗の背中を抱き返してくれている。 「ずっと琢磨は俺の気持ちを尊重してくれてたじゃん。だから俺も琢磨の希望を尊重したい」  どちらかが一方的に我慢するのはやっぱり違う。お互い歩み寄ることが大事なのだと、今このとき、ようやく分かった。   浴室は狭いということで、別々にシャワーを浴びた。琢磨の部屋に移ってからも、彼は落ち着きがなかった。友斗のほうが先に腹を決めていたので、動きがスムーズだった。  コンビニの袋からゴムとローションを取り出すと、琢磨の顔がカッと赤くなった。 「いや、最後までしなくても……今日は初めてだし」  彼の額には汗が浮いている。 「でも、次はいつになるかわからないよ。後悔しない?」  友斗が聞くと、暫し沈黙してから「最後までお願いします」と呟いた。   「友斗さん、起きてください」  背中を優しく撫でられながら名前を呼ばれた。  友斗は瞬きを何度か繰り返したあと、しっかりと目を開けた。目の前には琢磨の太い首があった。汗ばんでいる。 「えっと……」  さっきまでしていたことを徐々に思い出し、恥ずかしくなってきた。すごく時間をかけて、琢磨と最後までしたのだ。  受け入れた場所がジクジクと痛む。熱を持っている気がする。 「どこか痛いところありますか?」 「うん。お尻がふつうに痛い」  正直に申告すると、すみませんと何度も謝られた。初めてなんだし、痛くても仕方ないと思うのだが。 「俺として気持ちよかった?」  恐る恐る琢磨に聞いてみると、「当たり前じゃないですか」と即答される。 「気持ちよすぎて困りました。一回イっても萎えなくて」  そこまで言われて思い出した。二回もされて、途中で自分が寝落ちしたことを。 「あの……友斗さんはどうでした? 少しは気持ちよかったですか? 一応一回出したけど」  そうなのだ。自分でも驚きなのだが、一回目の挿入のときに、前を手で愛撫されて射精したのだ。気持ちが良いというよりも、性器が熱くなって気がついたら出ていた、という感じだった。 「ごめん、気持ちよかったかどうかよく覚えてない」 「そうですか……」  琢磨が沈んだ声を出す。 「まだよく分からないんだよ。気持ち良いって感覚が掴めないっていうか」  でも、またしても良いような気がする。セックスの最中、琢磨が常に嬉しそうに友斗の顔を見つめていた。幸せそうで、そんな顔を見ていたら、自分も幸せな気分になった。 「また、しても良いですか」  張り詰めた顔で問われ、友斗は「いいよ」と即答した。これ以上不安にさせたくなかったし、もったいぶるのも嫌だった。 「年に一回くらいなら」 「え、それはちょっと少ない……」 「じゃあ半年に一回」 「それもちょっと……」  こちらとしては、かなり譲歩したつもりなのだが。まだ足りないのか。 「せめて一ヶ月に一回」 「いや、それは多くない?」 「じゃあ二ヶ月に一回」 「いや三ヶ月に一回だ。それ以上は多すぎ」 「ワンシーズンに一回って、衣替えじゃないんだから」  情けない声を出され、思わず友斗は吹き出した。  琢磨も笑いながら、友斗をぎゅっと抱きしめてくる。男の裸に包まれる感触にドキドキする。でも、このまま三回目がしたいとは思えないのだ。体力の問題ではなく。  でも、琢磨とセックスしたことは後悔していない。これで良かったと思えた。する前より、心が近づいた気がするのだ。言いたいことが言えるようになったような――。 「琢磨、もうこういう関係になったんだし、敬語はやめろよ、ほんとに」 「ああ――そうですね、いや、そうだな。はい、敬語やめる」  へんてこな話し方に笑いながら、友斗は琢磨の頬にキスをした。  少女漫画は終わった。でも幸せなままだ。了  友斗視点はこれで終わりです。朝チュンですみません^^;  あとは、拓也視点と、裕斗視点の後日談かな。  スター特典のSSも書く予定ですので、お楽しみに♪
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