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 八月十五日、日曜日。  店を閉めて、帰り支度を済ませたあと、裕斗は高井の元に向かった。彼はまだ、ソファで事務処理を行っていた。その横に立つ。 「店長、短い間でしたがお世話になりました」  今日は出勤最終日なのだ。きちんと挨拶を交わして終わりたい。 「おー、今日で終わりだったな。明日からは留学準備に専念か」 「はい、退去する部屋の片付けとか、全然してないので」 「パスポートはもう取った?」 「はい、一週間以上前に受け取ってます」 「そうかーいよいよだなあ」  寂しくなるよ、と高井が名残惜しそうな声を出す。が、すぐに笑顔になって立ち上がる。 「フランスでも頑張れよ」  ポンポンと裕斗の坊主頭を軽く叩いてくる。 「ありがとうございます。源泉徴収票、早めに郵送してください」 「ああ分かった。いつ日本を発つんだ?」 「一か月後です。九月十五日」  十月一日から、フランスの服飾専門学校に編入することになっている。TOKKYOファッションコンテストで特選を取ったときは、留学はまだまだ先だと感じていたのに。目まぐるしい毎日のせいで、あっという間に七か月が経過していた。 「あんまり元気ないな。留学楽しみじゃないのか」 「そんなことないです。楽しみですよ」  だからパスポートも早めに取ったのだし。 「まあ、拓也と離れ離れになるからな。せっかく縒りを戻したのに」 「一年て、そんな長くないと思うんですけど」 「そうだな。年を取ればとるほど、早く感じるようになる」  軽くハグしてくる高井を、今日は避けることなく受け入れる。この人には本当に世話になったと思う。  彼は裕斗の境遇に同情しつつも、あからさまな援助を申し出てくることはなかった。裕斗を雇い、給料と、やり甲斐のある仕事という形で、夢を応援してくれたのだ。車の免許を取るときも、教習所に通う金を貸してくれた。毎月給料から一万円天引きしてくれたので、負担にならない返し方ができた。 「長い間、お世話になりました」  少し照れながら、裕斗は言い直した。  高井が感動したように、瞬きを繰り返した。
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