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午後三時を回った頃に、裕斗はミシンを止めて、室内の家電製品の電源コードを抜いた。テレビの外面や、空っぽの冷蔵庫の中を、軽く濡らした雑巾で拭いた。明日の午後、これらと洗濯機を一気に引き取ってもらう。洗濯と料理ができなくなるが、なんとかなるだろう。コンビニもコインランドリーも徒歩二分圏内にあるのだから。
一時間後には拓也の部屋に着いていた。玄関のドアの前で一回、深呼吸をしてから合鍵を使って中に入った。
「裕斗」
すぐに拓也が、廊下を走ってこちらにやってくる。裕斗の顔を見ながら、安堵の笑みを浮かべている。
「帰って来てくれてよかった。昨日言い合いになったから、少し不安だった」
正直に心情を話してくれる。昨日のような理屈っぽく厳しい彼はなりを潜めている。
甘い視線と優しい笑顔に全身を包まれて、裕斗はこのまま、彼に身を委ねたくなる。でもここで現実逃避をしては駄目なのだ。
「拓也」
裕斗は笑顔を返せないまま、拓也の顔を見た。三和土に留まった状態で。
「俺、一年で帰ってくるって言いきれない」
「え?」
すぐには意味が分からなかったようで、彼が首を傾げる。
「もしかしたら、フランスで二年勉強するかもしれない。留学を延長して」
聞き取りやすいように、ハッキリと話す。大事な事だから。
「二年」
拓也の声が、狭い玄関に木霊する。
彼の顔が、言葉よりも分かりやすく感情を表した。驚き、落胆、そして目を伏せた。
――難しいってことだ。二年は長いって。
拓也はすぐに言葉を発しない。ある意味素直で良いと思った。軽はずみな「大丈夫、待つよ」よりはマシだと感じる。そう言われても、こちらとしても簡単には信じられないのだし。
「二年って。確定したわけじゃないだろ」
なんとか絞り出したようた声だ。きっと一年なら、辛うじて待てると思っていたのだろう。
「実際あっちで授業を受けてみないと分からない。自分でも今の時点で一年か二年か決められない」
それが裕斗の本音だった。
その場しのぎで「一年で必ず帰る」というのは簡単だ。だが、それでは誠実さを欠く。
「絶対待てるって言いきれない」
ごめん、と拓也が呟いた。
「謝らなくて良い。正直に答えてくれてありがとう」
裕斗は精一杯、笑顔を作った。
立ったまま靴を脱ぎ、自分から拓也と手を繋ぐ。キスをする。
ぐっと抱き寄せられ、裕斗は拓也の首に腕を回した。
こうなったら残された時間を大事にしたい。友斗がバカにして言っていた「留学するまでセックスしまくり」も良いと思った。
今までと変わることなく同棲を続けた。平日も土日も関係なく、裕斗は日中、自分のアパートに戻って、フランス語会話の音源を流しながらミシンで服を仕立て、デザイン画を描いた。拓也も八月の間は塾でチューターのアルバイトをし、部屋で論文を書き、たまに調べものをするために図書館に行った。友斗が同行していたのかはいちいち聞いていない。
毎日夕飯は一緒に食べて、一緒にお風呂に入って、ゆっくりセックスした。
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