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十月第一週の土曜日に、裕斗は帰国した。
十二時間機上で過ごしたせいで、体の節々が怠く、うまく仮眠が取れなくて頭はぼんやりしている。
入国手続きを済ませ、荷物を受け取り、羽田空港の一階到着ロビーを抜けた。第三ターミナル付近にある民間の駐車場まで徒歩で向かう。そこは十台止められるほどの小規模な駐車場だった。
グレーのセダンのドアに体をもたせ掛けていた友斗が、すぐに裕斗に気がついて、手を振った。
「裕斗! こっちこっち」
「友斗」
裕斗は手を振り返して、スーツケースを転がしながら彼の元に駆け寄った。
「ほぼ一年ぶりだな」
感慨深い声で友斗がいう。裕斗は頷いて「久しぶり」と答えた。
「全然連絡取れなくて困ったよ」
友斗が不満げに口を尖らせる。
「ごめんごめん、フランスに行ってすぐにスマホが壊れたんだ」
これは嘘じゃない。もともと三年以上使っていたスマホだから、壊れてもおかしくなかった。そのせいで、友斗やマッキー、高井とも連絡が取れなくなっていた。
帰国する二日前に、フランスで契約した携帯で、友斗に国際電話をかけたのだ。帰国する日と、飛行機の便を伝えたら、車で迎えに来てくれるという。有難くその申し出を受け入れた。
「後ろに乗ってね。念のため」
友斗がトランクと後部座席のドアを開けてくれる。裕斗はトランクにスーツケースを入れて、すぐに車に乗り込んだ。
「運転するようになったんだな」
「うん、ペーパーじゃ勿体ないと思って。最初は怖かったけど、今はけっこう慣れた」
そういって、友斗がシートベルトを締め、エンジンをかけた。その動作にぎこちなさはない。
「ちょっと寝て良い? 眠くなってきた」
シートベルトを締めて、ドアの出っ張りに肘を置き、頬杖をつく。
「良いけど。とりあえず連れて行きたいところがあるから――」
眠気マックスになり、友斗の声が尻すぼみになった。
着いたよ、と大声で友斗に起こされて、裕斗はハッとして体を起こした。すっかり眠ってしまった。頭がすっきりしている。
「へ、あれ、ここは」
見覚えのある場所に車は止まっていた。
『WIND』の裏口にある駐車場だった。
「え――何でここに? まあ高井さんに挨拶しようとは思ってたけど」
裕斗は車から降りて、友斗と共に店に向かった。
ドアを開けると、カラコロとベルが鳴る。ずっと変わらない、澄んだ音だ。懐かしい。
「いらっしゃいませ」
店員の声がした。聞いたことのある声だ。最近はずっと聞いていなかったけど、フランスにいたときもずっと鼓膜に留まっていて、忘れられなかった彼の――。
「え」
不意打ち過ぎて、裕斗は声を出せなくなった。
レジの前に立っていたのは拓也だった。だいぶ髪を短くしている。服装はシンプルだった。単色のシャツ。でも仕立ては良い。
前とは少し違っている。格好良いのは相変わらずだが、ストイックというか、硬派な印象を受ける。
「拓也」
名前を呼んだとたん、鼓動が高鳴った。
「ほらほら、こんなとこで立ち止まってないでさ、もっと近くに行きなよ」
隣に立っていた友斗が、肘で小突いてくる。
裕斗は言われるがままに、レジまで一直線に歩いた。
「裕斗、久しぶり」
拓也が笑いながらいった。
「久しぶり――ここで何してるの」
「バイトしてるんだ。一年前から」
「え、マジで」
「マジだよ。高井さんに頼んで雇ってもらった」
「なんで?」
「ここで裕斗を待っていたかったんだ。ミシンも預かってるし、絶対ここに戻ってくるだろ」
いたずらっぽく笑う拓也に、裕斗もつられて笑ってしまった。
「会いたかった」
拓也が真顔になって言うので、裕斗の顔は一気に熱くなった。更に胸の鼓動が速くなる。
「俺も会いたかった」
一年も会っていなかったのに、やり取りはスムーズだった。
胸が一杯で、何を話せば良いのか分からない。ただただ嬉しい。またこうやって拓也と会えて、話ができるのが。それも、この店でバイトをしながら待っていてくれたとは。
拓也もそうなのかもしれない。日頃は弁が立つのに、今は無言で裕斗を見つめている。嬉しそうな目つきで。
「おお、裕斗! 帰って来たんだな。お帰り!」
いきなり大声を発しながら、高井がレジまでやってくる。相変わらず風貌は、ちょっと悪そうなワイルドイケメンだ。
「お久しぶりです。ただいま帰りました」
軽く会釈をすると、彼が自然な流れでハグしてくる。
「高井さん、それはNGです」
拓也がレジから出てきて、そっと高井の肩に手を置き、裕斗から引き剥がす。
「良いじゃん今日ぐらい。感動の再会なんだからさ」
不満たらたらで、高井が裕斗から距離を取った。
「えっと――そちらにいるのは、ん? 裕斗に似てるけど――って、裕斗じゃん」
高井が目をパチクリさせて、裕斗と友斗を見比べている。
そういえば彼には、自分に双子の弟がいることを話していなかった。
「こちら友斗です。双子の弟です」
友斗の肩を抱いて、紹介する。
「初めまして。兄がお世話になっております」
友斗が礼儀正しく挨拶し、頭を軽く下げた。
「双子かあ。それにしても判別するのが難しいくらい瓜二つだなあ」
感心したように言い、まだ二人の顔を見比べている。
「高井さん、今日はもう上がって良いですか。用事が出来たんで」
言いながら、拓也が裕斗の腰に腕を回してくる。
「ああ良いぞ。一年ぶりの再会だもんな。思う存分やって来い」
あからさまな物言いに、裕斗の方が恥ずかしくなった。拓也は涼しい顔をしている。
「あ、でもスーツケースが」
車のトランクに入ったままだ。取に行かなくては。
「店に移しておこっか?」
友斗の申し出に、拓也が「そうしてくれると助かる」と即答した。
「いや、重いから俺が取りだすよ」
友斗に向かって言う。と、彼が「大丈夫だって」と笑いながら手を振った。
裕斗は拓也に手を掴まれたまま、近くのホテルに連れて行かれた。
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