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鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差す陽の光で裕斗は目を覚ました。
伸びと欠伸を同時にして、サイドテーブルにある時計を見る。午前十時半。また起きるのが遅くなった。
隣で大の字になって眠っている拓也を揺り動かす。
「起きなよ。また寝坊した」
寝坊するのは必然だった。昨晩もセックスに耽ってしまい就寝が遅くなったのだ。
裕斗が帰国して一週間が経っているが、毎朝こんな感じだ。
拓也は体を揺すられても頑として目を開けない。
「だらけすぎじゃない?」
裕斗は拓也の頬に、チュッと音を立てて口づけた。厳しくするより甘やかす方が、恋人は言うことを聞くのだ。
拓也がすんなり目を開けて、ぐっと裕斗の手を引っ張ってくる。体が傾いで、彼の上に覆いかぶさる形になる。今の動きで、腰が少し痛む。拓也をいっぱい受け入れた場所はまだヒリヒリしていた。
「ヤりすぎだよ、もう……。拓也さ、俺がいない間、本当に誰ともしなかった?」
「は? なんで疑うんだよ。してないよ」
慌てた様子はない。不本意そうに口をへの字にしてはいるが。
「正直に言えよ。怒らないから」
「いや、本当に一度もない」
拓也が真顔になった。これ以上疑うと彼がディベートモードになりそうだ。それは面倒だが、やっぱり疑わしい。
「どうやって我慢したんだよ、一年も。セックスめちゃくちゃ好きじゃん。俺が帰国してから毎日やってるじゃん」
「セックスが好きなんじゃないって。裕斗とするのが好きなんだ」
呆れ顔になって、諭すような口調になる。
「たしかに軽い気持ちで浮気したこともあった。でも裕斗と関係を持つようになってから変わったんだ」
すらすらと、裕斗を喜ばせる言葉を言えちゃうのが、なんだか気に食わない。
疑いの目で拓也を見る。と、「ほんと信用ねえなあ、俺」と、彼が情けない顔をして嘆いた。
「だいぶ前の話だけど、セックスしようとして、裕斗が全然勃たなかった事があっただろ」
「ああ――俺と友斗が入れ替わってたとき?」
「そうだ。その時に、裕斗に言われたんだ。『セックスしないとまた浮気するだろ』って」
「そういえば言ったね」
「そんな言葉を俺が言わせたんだって思ったらショックで、凄く落ち込んで――もう二度と浮気はしないって心に誓ったんだ」
真摯な顔つきで拓也がいった。
「だから裕斗を待っている間は誰ともしなかった」
ギュッと下から抱きしめられ、裕斗も拓也を抱きしめた。
ちゃんと言葉を尽くして、裕斗を納得させようとしてくれることが嬉しい。彼の誠意が見える。
「信じるよ。疑ってごめん」
お詫びとして、恋人の顔に沢山のキスを降らせた。
「二年でも待てた?」
試しに聞いてみると、拓也が迷うことなく頷いた。
「でも二年じゃなくてよかった」
心底ほっとしたような顔をする拓也に、裕斗は笑った。
裕斗は拓也から体を起こし、ベッドから下りた。パジャマの上下を脱ぎ捨てる。
「もうすぐ昼になっちゃうよ。大学に行かなくて良いの?」
まだベッドでだらけている拓也に声をかける。
「行くけど急がなくて良い。修士論文を書き終えたから、けっこう暇なんだ。就活も終わったし」
「ああ、なるほど」
就職先が決まっていることは、再会した日に聞いていた。裕斗でも知っている有名なシンクタンク――N総研で働くことになっていると。
「友斗も就職決まったんだよな。M証券」
「そうだよ。ほとんど同じ時期に決まった」
拓也がようやく体を起こした。ベッドの端に座り、パンツ一枚の裕斗の腰に腕を回してくる。
「俺も早く、仕事決めないとな」
自分に言い聞かせるように言う。
この一週間は、帰国に伴う諸々の手続きで時間を消費してしまった。そろそろ本腰を入れて就職活動しなければならない。
「やっぱりアパレルメーカーに勤めたいのか」
「そうだね。アパレルブランドのデザイナーになりたい。服のサンプルを持って面接に行くよ」
まだ一社しか面接の予約を申し込んでいないが。あまり焦りはなかった。
「企業に勤めて実績作ってさ、いつか仲間と服屋を開きたいんだ」
拓也に背を向けたまま、彼の膝に座った。
「マッキーとフジオと三人で飲んだ時に、いつか一緒にって」
日本に戻って二日目だった。マッキーの電話番号はメモに残していたから、帰国してすぐに彼に電話をかけた。その日のうちに飲みに行った。なぜかフジオも一緒だった。
裕斗が知らない間に、マッキーとフジオは親交を深めていたらしい。
「そういうの良いな。学生時代の友達と起業か」
「そうだね。実現できるように頑張るよ」
実はもっと先の未来も思い描いている。
現役を退いたあとだ。
裕斗は一人で切り盛りできるくらいの小さい服屋を営んでいる。売り場の奥にはこぢんまりとした工房があって、そこで服を仕立てたり、子供や大人に洋裁を教えたりするのだ。
店の隣には、裕斗たちが住む家があり、食事の時間になると、拓也が工房に呼びに来る。
「なーんてね」
思わず裕斗が独り言ちると、拓也が不思議そうに首を傾げた。こういう無防備な表情は、多分、自分にしか見せないのだろう。
裕斗は夢見るように微笑みながら、拓也の頬にキスをした。了
※これにて完結です。最後までお読みくださりありがとうございました!
気が向いたら、スター特典の番外編や後日談を書きたいと思います。
今回の作品のテーマは嫉妬とセクシャリティでした。入れ替わりパートと、恋人パートで、書いてて楽しかったのは、前者でした。
こんな後日談、番外編、他視点が読みたい、というご意見や、作品のご感想を頂けると嬉しいです。執筆モチベーションに繋がります。
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