雨宿り

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 山奥のバス停に、高校生がやって来た。彼の名は健次郎、山奥に住む高校生だ。健次郎は木貞(きさだ)という集落に住んでいる。木貞は過疎化が進んでいて、この集落に住んでいる高校生は、健次郎のみだ。寂しいけれど、高校までの我慢だ。高校を出たら、この家を出て、東京で働き始めるんだ。  健次郎はバスと電車を2時間ぐらいかけて高校に通っている。通学に授業に部活に大変だが、それも自分のため。耐えて勝つと心にとどめて頑張っている。  雨の中、健次郎は傘をさして走っていた。今日は友達と遊ぶ日だ。ここのバスは非常に少なくて、この時間は1時間に1本だけだ。 「あー遅れた遅れた」  健次郎はバス停の時刻表を見て、スマートフォンで今の時刻を見た。1分前にバスは出ている。次のバスまで1時間近く待たなければならない。 「くそっ、あと1時間近くだ!」  健次郎は悔しがった。この辺りで1時間ぐらい待たなければならないのか。しかも大雨が降っている中で。  辺りはとても静かだ。人通りが少ない。車があんまり通らない。雨の音がよく聞こえる。 「ねぇ、どうしたの?」  その時、誰かの声が聞こえた。健次郎は辺りを見渡した。だが、誰もいない。この辺りに、誰かいるのかな? 健次郎は首をかしげた。  健次郎が後ろを振り向くと、そこには子供の顔をしたオバケがいる。まさかここで会うとは。優しくて、可愛らしい。 「バスに乗り遅れちゃったんだ。あと1時間待たなきゃならないの」  健次郎は焦っている。友達との約束なのに、1時間遅れてしまう。 「そう。あの中、入ってみない?」  オバケが指さした先には、廃屋がある。その廃屋は広い。民家ではない、何かのようだ。健次郎はその廃屋が全く気にならなかった。ここでよくバスを待っているのに。 「い、いいけど」  健次郎は時間があるのでオバケと一緒に遊ぶ事にした。予定があるけど、バスが1時間後だから仕方がない。  健次郎は廃屋の横にある小道からその廃屋の入口にやって来た。小さいものの、そこは校庭のような場所だ。まさか、ここにも小学校があったんだろうか?  健次郎は隣の集落にある小学校にスクールバスで通っていた。生徒数は少なかったものの、その分、みんながまるで家族のように過ごしていた。 「ここ、どこだったんだろう」 「教えてほしい?」  オバケは笑みを浮かべた。オバケはこの廃屋の事をよく知っているようだ。 「うん」  オバケは少し深呼吸して答えた。オバケはこの廃屋に関する悲しい出来事を知っているようだ。 「ここには木貞分校があったんだ」 「ふーん」  この廃屋は元々、木貞分校があった所で、数十年前に廃校になったそうだ。健次郎が使っていたスクールバスはその時に走り出したらしい。  健次郎は驚いた。分校とはいえ、こんな所にも小学校があったとは。自分もその分校に通ってみたかったな。 「2年生までここに通ったんだよ」 「ふーん」  分校はニュースなどで耳にしたことがある。冬季分校の事も。だが、ここにもあったなんて。  2人は廃屋の中に入った。中は暗い。そしてボロボロだ。だが、中は小さいながらも学校の雰囲気が残っている。入口の下駄箱、教室、音楽室。小さいながらもまるで現役の学校のようだ。健次郎はしばらく見とれた。 「賑やかな時代もあったんだね」 「うん」  廊下を歩いていると、子供たちの元気な声が聞こえてきそうだ。だが、ここはもう学校ではなく、ただの廃屋だ。どれだけの子供たちが遊んだんだろう。 「で、君は誰?」 「昔この分校に通ってたんだけど、冬の日に山で遭難して死んじゃった。で、こうなっちゃった」  健次郎が出会ったオバケは遭難で死んだここの生徒で、廃校になってからずっとここにいた。よほどここでの生活が忘れられないのだろう。 「そうなんだ」  廊下を歩いていると、軋み音が聞こえる。床は木製だ。自分の小学校もかつてはそうだったな。今は鉄筋コンクリートになったけど。 「楽しかったんだろうな」  オバケは寂しそうな表情だ。もっと遊びたかったのに、突然命を失ってしまった。だから、ここに残って、子供たちと遊ぼうとした。だが、みんな怖がり、遊んでくれない。僕がオバケだからだ。  しばらく歩くと、突き当りにある音楽室の前にやって来た。音楽室は扉が開いている。所々がボロボロになっているが、よく原形をとどめている。 「ここは音楽室か」  健次郎は部屋を見渡した。壁には作曲家の絵がある。だが、一部は床に落ちている。どれもこれも知っている顔ばかりだ。ここでの歌声は、よく響いたんだろうな。 「もうピアノはないんだね」  ピアノがあったと思われるところには、何もない。一体どこに移設されたんだろう。 「別の学校に行っちゃったんだ」  オバケはその時の事をよく覚えている。とても残念だったが、廃校になったからには移設しなければならないのかなと思ってみていた。  次に2人は教室に向かった。短いけれど廊下がある。どれだけの子供たちが行き交ったんだろう。  2人は教室に入った。中は廃校になった時から時が止まったようだ。机といすはそんなにない。もともとから少なかったようだ。黒板には絵や文字が書かれている。内容から見て、廃校になるのを惜しんで書かれたと思われる。 「ここが教室か」  健次郎は見渡した。ここもとても静かだ。分校だった頃はとても賑わっていたんだろうな。 「廃校になった時そのままのようだね」  健次郎は想像した。どんな学校生活だったんだろう。楽しかったんだろうか? 「こんな時代があったんだね」  木貞の集落にもこんなに賑やかな時代があったんだろうか? どれぐらいの子供たちがいたんだろう。自分はこの集落で唯一の学生だ。卒業すると東京に行ってしまう。すると、この木貞はどうなってしまうんだろうか? 高齢者ばかりになって、やがて消滅してしまうんだろうか? 「ああ。今日はありがとう」  短かったけど、これでお別れだ。だが、ここに分校があった事、そして何より、木貞に栄えていた時代があったんだと知る事ができた。また機会があれば、調べたいな。 「また会おうね」  健次郎は廃屋を出た。と、健次郎はある事に気付いた。あんなにどしゃ降りだった雨が止んでいる。 「あれっ、雨が止んでる・・・」  健次郎は驚いた。何があったんだろう。今日は1日中降る予報だったのに。まさか、あのオバケが奇跡を起こしたんだろうか?  突然、誰かの気配に気づき、健次郎は振り向いた。だが、そこには誰もいない。だけど、後ろの廃屋には確かにいる。この木貞に分校があった事を伝えているオバケが。
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