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「そ、そうなんですよ。ゆ……吉良君には小さい頃から面倒を見てもらってて、お兄ちゃんみたいな存在なんです」
いつものように「結翔君」と言おうとしたが、それはやめておいた。言えば今宮が大騒ぎしそうな気がしたし、社の女性全員に回るのも怖いと思ったからだ。
どこの会社でも、女性社員とはこういうものなのだろうか? うっかり下手なことを言えない。だが、これほどの情報網が確立されているなら、水無瀬の特ダネもどんどん入ってきそうだ。
寺崎と今宮、この二人とは仲良くしておいた方がいい。打算だけでなく、二人とも人が好いと感じたこともある。
菜花は、これからも一緒にランチをしたいと伝えると、二人は満面の笑みで頷いた。
「それにしてもさ、案内までしたんだから、高橋さんも今日くらいは一緒にお昼食べればいいのにね」
寺崎がそう言うと、今宮が何度も頷く。
菜花もそう思っていたのだが、二人もやはり同じことを考えていたのだ。
そこでふと、仁奈のことを聞いてみたくなった。
彼女は他の女性社員とあまり交流せず、孤高の存在のようだ。皆と一歩距離を置くのは何故なのだろう?
聞いていいことなのかわからないが、この二人なら何か知っているかもしれない。そう思い、菜花はその疑問を口にした。
「高橋さんって、お昼はどうされてるんですか?」
「あぁ、休憩室で一人お弁当を食べてるわよ」
「お弁当! なるほど、そうだったんですね」
そうか。弁当持参だから、昼食は一緒にできないということだったのか。
菜花はそう思ったが、それはすぐさま今宮に否定された。
「一人が好きみたい。何回も誘って、やっと一回来るかどうかなんだよね。だから、今ではもう誰も誘わないかな」
「え……」
「仕事のことでも最低限しかしゃべらないし、プライベートなんて全く。部で参加必須の飲み会には来るけど、そうでなければ絶対に来ないわね」
「上の人の驕りでも来ないですよねー」
やはり、菜花の抱いていた印象は正しかったのだ。
仁奈は、他の社員と距離を置いている。
人見知りなのだろうか。いや、そんな感じでもないような気がする。
会社の人間とは必要以上に関わりたくないというのもわからなくはない。しかし、ここまで避けるものだろうか。
飲み会はさておき、昼休憩に誘われても断ってしまうというのが信じられない。しかも何度も。
苦手だと思っても、たった一時間のことではないか。同性同士のネットワークは重要だ。いや、でもせっかくの休憩を自由に過ごせないのもきついかもしれない。
あれこれ考えてはみるが、菜花にはよくわからない。だが、こんな風に距離を置いても、女性社員たちとそこそこ上手くやっているのはすごいと思う。
「仲のいい人って……」
「仲のいい人? うーん、どうだろう? 社内にはいないんじゃないかしらね。ひたすら仕事ばっかりだし。誰かと仲よさそうにしてるところなんて、見たことないわ」
「ですよね。もう仕事の鬼って感じで。だから、部内でも一番大変な仕事を任されてるし」
「支払い処理の担当っておっしゃってました」
「うん。最終のところね。いろんなところから集まった請求を、彼女が取りまとめてるから。彼女のところに行くまでにもチェックはされてるけど、彼女が最後の砦みたいなものだから、結構責任重大なんだよね」
そんな大変なことを任されているのだから、かなり信頼されているのだろうし、仕事もできるのだろう。
「でもさ、高橋さんってなんでもかんでも機械的というか、融通がきかないのよね」
「そもそも、支払い関係は簡単に融通はきかないの。今宮みたいに甘い顔してたら、皆がいいんだって思っちゃうからだめよ!」
「はーい」
二人の話を聞きながら、様々な考えが脳裏に浮かぶ。
会社には仕事をしに来ているのであって、友だちを作ったり、遊びに来ているわけではない。それは菜花にだってわかっている。
だが、人間関係をそっちのけにして、たった一人で黙々と仕事をしているだけというのもどうなのか。人それぞれだが、仁奈はそれで寂しくないのか。
菜花に対しても一歩引いたように敬語で話す彼女だが、口調はあくまで柔らかく、決して印象は悪くない。人嫌いという感じもしない。
「あ、もう休憩が終わっちゃう! そろそろ出ましょうか」
「あーあ、お昼休憩ってあっという間!」
寺崎と今宮の後を追い、菜花も席を立つ。
オフィスに戻るまで彼女たちといろいろな話をしながらも、菜花は仁奈のことが気にかかった。監察対象は水無瀬だというのに。
「しっかりしなきゃ」
菜花は小さく頭を振り、気持ちを切り替え、午後の仕事に戻っていった。
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