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「お! 何か面白い話でもあった?」
結翔の顔が途端にワクワクしたものに変わる。それに苦笑しながら、菜花は首を横に振った。
「残念ながら、結翔君が期待するようなものは何も。水無瀬さんはすごい、かっこいい、優しいってそんな話ばっかり。目立つ人だし、何かあるだろうって私も思ってたんだけど、全然なくて逆に驚いちゃった。だから、本当に仕事ができて、いい人なんだろうなって……」
途中から声が小さくなっていく。それは、結翔の顔がさっきのようなものに変わっていったからだ。心底呆れている。
いくら監察を依頼されたからといって、その人間が黒であるとは限らない。白ということもあるし、それならそれでめでたしめでたしではないか。
そんな菜花の気持ちを読んだように、金桝は笑みを絶やさないまま菜花を窘める。
「まぁまぁ。菜花君、彼をいい人と決めつけるのはまだ早い。でも、僕や結翔君みたいに、何かあると決めつけるのもよくないね。まだ初日だ。怪しいことが出てくる方が変だよ。でもね、こんなにいいことばかり出てくるのも変って、僕らは思っちゃうんだよね。普通、人の評価ってプラスもあればマイナスもある。どちらかに極端に偏っていれば、怪しいと疑ってしまうのはもう職業病ってところかな。ただ、菜花君は僕らとは違う。見たものをそのまま受け入れる素直さがある。それは、ずっと持っていてほしいなって思うよ。でも、思い込みは捨ててもらいたい。それは結翔君も同じだよ」
「はーい、了解っす」
「はい、わかりました」
二人の返事を聞き、金桝は満足そうに何度も頷く。
いつもへらへらと軽い調子の金桝だが、こういう時の説得力はすごいと感心する。相手を決して否定しない。だが、言うべきことは言う。そして最終的には納得させてしまうのだ。
こんな風に言ってもらえると、自信を喪失せずにまた頑張ろうと前向きになれる。
菜花がよし、と密かに気合を入れていると、結翔がふと思い出したように言った。
「そういや、菜花を紹介して回ってたのって、高橋さんだよね? 彼女ってどんな人?」
「え? どうして?」
何故そんなことを聞くのだろう? 彼女に何かおかしな点でもあったのだろうか。
それに、直接関わりのない人物の名前もすでに把握している結翔に、さすがだとこっそり舌を巻く。表に出すと調子に乗るので、口には出さないけれど。
菜花が不思議に思って尋ねると、結翔は僅かに眉を顰め、両腕を組んだ。
「うーん……なんていうかさ、彼女って、社内に友だちいなくない?」
「あ、それは私もちょっと思った」
「だよね」
「ちょっと待って、二人とも。勝手に話を進めないで、僕にもわかるように説明してよ」
金桝の言葉に、結翔が高橋仁奈についてざっと説明する。
経理部所属で仕事のできる社員、おとなしく控えめな印象、そういったことは菜花もすでに把握していることだが、一点結翔からの新情報があった。
「社内の女子社員全員と気さくに話をする水無瀬が、何故か高橋さんとはそれほど親しくない感じなんだよね。過去になんかあったのかな、とか、現在進行中なのかな、とか考えちゃってさ」
「現在進行中!?」
菜花は素っ頓狂な声をあげる。
現在進行中というのは、水無瀬と仁奈が今現在付き合っているということだ。
今日一日の仁奈の様子を思い出し、菜花はブンブンと何度も首を横に振る。
「それはないよ! 高橋さんって仕事一筋で、他の社員さんともあまり交流がないほどだよ? 同じ経理部の女の人たちも、彼女のことはよく知らないみたいだし」
「あーやっぱりね。それは営業部の方も一緒。今日一日で社内の女子社員のことはあらかた聞いて把握したんだけど、彼女だけは謎が多くてさ。ってことは、彼女はあえて他と距離を取っている。で、そうしなきゃいけない理由は……」
「何か秘密を抱えている」
「ちょっと惇さんっ! いいとこ持ってかないでよっ!」
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