3.綻び

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 結翔は周りに気取られない程度に、ユリを観察する。  エリカの言うように、彼女は容姿に優れていた。手足が長く華奢で、色も白い。淡いピンクのドレスがとてもよく似合っており、ヒラヒラと揺れる裾も相まって、まるで妖精のようだ。  目鼻立ちも整っており、キメの細かい肌にメイクがよく映える。陶器のような肌とは、まさにこれだろう。  彼女のメイク技術は高い。隙がない。かといって、厚塗りというわけではなく、自然に見えるところもそう思った理由だ。  結翔は高校時代、女装してミスコンに出たことがある。そのミスコンの出場条件は、男であること。つまり、出場者全員が女装必須というわけだ。  お笑いイベントの一つだったのだが、他の出場者のようにキワモノではなく、結翔はどこからどう見ても女性にしか見えなくて、ぶっちぎりで優勝をもぎ取った。  この時、初めてメイクというものを施してもらったのだが、少し手を加えるだけで別人になれることへの驚き、また、面白いと興味を持った。  それ以来、雑誌などのメイク特集なんかもつい見てしまうし、街ゆく女性たちのメイクを観察する癖がついた。だからここへ来た時も、キャバ嬢たちのメイクには密かに注目していたのだ。  さすがというべきか、彼女たちのメイクは美しくも皆個性的であり、結翔はいたく感動していた。しかし、ユリはその中でも群を抜いている。プロに頼んでいるのだろうか。 「吉良さん、どうぞ」  エリカが新しい水割りを結翔の前に置く。結翔はそれにお礼を言ってから、エリカに尋ねてみた。 「ここの女性って、皆さんすごく綺麗ですよね。メイクも品がよくて感じがいいし。こういうのって、自分たちでされるものなんですか?」 「吉良さんって、そういうのに興味があるの?」  目を丸くするエリカに、結翔は慌てて言い繕う。 「そういうわけじゃなくて、ふと思っただけなんだけど。でも、毎回プロにお願いするのも大変だろうし、自分でやってるのかなって。それとも、お店専属のメイクさんがいるとか?」  結翔はあえて敬語をやめ、気安く話す。すると、エリカは嬉しそうに頬を緩め、身体を寄せてきた。  少し壁を崩すと、すぐさまそこへ入り込んでくる。そして、その壁をさらに崩そうと、物理的に距離を縮めてくる。  エリカは自分の手を結翔の腕に絡ませ、内緒話でもするように耳のすぐ側で話し始めた。 「うちではメイクも嗜みの一つってことで、希望者にはプロの先生にレッスンを受けられるの。苦手な子は頼んだりすることもあるけど、大体は自分でやるわよ。皆研究熱心だし、綺麗だねってお客様から褒められると嬉しいもの。たくさんのお客様のお相手をするんだから、やっぱり見た目も大事よね。私ももちろん、自分で頑張ってるわよ」  語尾にハートマークがついているのかと思うほどの甘い声、上目遣いの目線は、完全にロックオンされている。  結翔は苦笑いをしながら、細心の注意を払ってエリカと少し距離を取った。  サッと周りを見渡すと、佐藤社長は両手に花でご満悦、水無瀬も適度な距離を保ちながらも別の女性との会話を楽しんでいる。  結翔は水無瀬の様子を窺いながら、再びユリの方に視線を遣った。すると── 「あ……」 「吉良さん? どうかした?」 「いや……なんでもないよ。一瞬仕事のことを思い出しちゃって」 「もぉ! お仕事大変なのはわかるけど、今だけは忘れて楽しんで」 「そうだね。うん、わかった」  結翔は水割りを一口飲み、心を落ち着ける。  さっき、ユリと目が合った。彼女は接客中だというのに、こちらを見ていたのだ。  結翔を見ていたのか? いや、違う。  彼女が見ていたのは、結翔の二つ隣の人物、水無瀬に違いなかった。 「ようやく面白くなってきた」  菜花が聞いていたら文句を言いそうなセリフを吐き、結翔は神経を研ぎ澄ませる。  水無瀬とユリ、彼らには何かありそうだ。  結翔はエリカと楽しんでいる振りをしながら、水無瀬の動向をより厳しく監視し始めた。
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