5.無茶ぶり

6/7

495人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
 *  その日の夜、結翔からメッセージが入った。内容は、今日の無茶ぶりについてだ。 『今日はありがとな。助かった』  顔文字もスタンプもなく、素っ気ないものだ。でも、こうしてわざわざ連絡してくるということは、よほど感謝しているということか。  水無瀬の婚約者は、監察の仕事とはあまり関係がない。だが、水無瀬の周辺は徹底的にチェックしておきたいのだろう。思いの外、結翔はS.P.Y.の仕事に熱心だ。 「どういたしまして、っと」  ちょうどそういうスタンプがあったので、菜花はそれをポンと送る。  結翔からの連絡で、菜花は水無瀬から見せてもらった写真を思い起こす。  幸せそうなカップルの写真だった。水無瀬と専務の娘が肩を寄せ合い、微笑んでいた。  専務は娘を溺愛し、箱入りに育てたらしい。そんな風に周りから聞いていたので、菜花は典型的なお嬢様を想像していた。しかし── 「イメージと違ったよね」  お嬢様はお嬢様だ。ただ、お嬢様というよりは、女王様の方が近いかもしれない。  おとなしくて、奥ゆかしくて、そんな大和撫子のような女性を想像していたのだが、水無瀬の隣に写っていた女性はその正反対ともいえた。  撫子よりは、深紅のバラが似合いそう。そして、着物よりもドレス。  とにかく華やかな女性だった。だからといって、箱入りじゃないとは言わないが。だがしかし。 「それなりに世間は知り尽くしてる感じだよねぇ。少なくとも、私よりは知ってる」  そんな風に見えてしまったのだ。  水無瀬も華やかなので、お似合いといえばお似合い、まるで芸能人カップルのように見えた。  彼女はどんな人かと尋ねると、水無瀬は「聡明で、明るくて、とても魅力的な人だよ」と答えた。こうもあっさり惚気られると、二人の仲は盤石なのだなと思う。  というのも、専務の娘が水無瀬に想いを寄せているのは、見るからに明らかだったからだ。写真の彼女は頬を染め、蕩けた顔をしていた。相当水無瀬に入れ込んでいると見た。  水無瀬の方も惚気るくらいなのだから、彼女に惹かれているのだろう。かなりの美人だし、スタイルも良さそうだ。ケチのつけようがない。  そんなことを考えていると、菜花のスマートフォンが軽やかな音を立てた。見ると、結翔から電話がかかってきている。 「え? どうしたんだろう……。もしもし?」 『お疲れ。今、大丈夫か?』 「うん、平気。どうしたの?」  メッセージで済ませられないような用事でもあるのだろうか。  首を傾げていると、電話の向こうから笑い声が聞こえた。 『悪い悪い。緊急の用とかじゃないんだけどさ』 「そう? ならよかったけど」 『ただ、菜花の意見を聞いてみたくて』 「意見? 私の?」  菜花は目を丸くする。  結翔に意見を求められるなど、滅多にないことだ。驚きつつも、なんとなく顔がにやけてくるのを止められない。  菜花は少し得意げになり、結翔の言葉を待った。 『専務の娘……純奈(じゅんな)さんって言ったっけ。彼女と水無瀬さんの仲、菜花はどう見た?』  ちょうどさっきまで考えていた。  菜花はそれをそのまま結翔に伝える。だが、結翔の反応が鈍い。 「なに? 結翔君は……そう思ってなかったりする?」  菜花の問いかけに、結翔は唸りながらそうだと答えた。 「え? だって水無瀬さん、すごく褒めてたじゃん」 『そりゃ褒めるだろうよ。表向きはラブラブで通してんだから』 「表向きはって……。本当にラブラブってことじゃないの?」 『はああああ……。やっぱ、菜花に聞いても無駄だった』 「ちょっと! 無駄ってどういう意味!?」  失礼な話だ。  純奈のことを話す水無瀬は、ニコニコと幸せそうに笑っていたではないか。  そのことを結翔にぶつけると、更に大きな溜息を落とされた。 『確かに、水無瀬さんは笑ってたよ。完璧な笑顔だった』 「そうでしょ?」  何がおかしいというのだろうか。  不満そうに答える菜花に、結翔はこう言った。 『あれは、なんだよ。まるで笑顔のお手本だ。うっかり騙されそうになって、一瞬ゾクッとしたね』
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

495人が本棚に入れています
本棚に追加