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「課長のパソコンを触って、何してるんだろう?」
「さて、な。重要なデータを盗んでるとか?」
「それ、このまま見てていいの?」
「俺たちの仕事は、そういう現場を証拠として残すこと。とりあえず、完全にやっちゃったところを押さえないと」
結翔の言うことはわかるが、菜花としてはもやもやしてしまう。
悪事を働くことがわかっているのに、それを事前に阻止できないなんて。
そうこうしているうちに、男はポケットからUSBを取り出し、パソコンに差し込んだ。そしてまた手を動かす。
「ん? あいつ……」
「どうしたの? 結翔君」
「もしかして……ヤバイ!」
そう言うなり、結翔はビデオカメラを菜花に押し付け、給湯室を飛び出して行った。置いてけぼりにされた菜花は、なにがなんだかわからない。だが、結翔の後を追う。
「待て! 小山さんっ!」
「な、なんだっ! どうしてお前がここにっ……」
小山と呼ばれた男は、暗闇の中からいきなり誰かが現れたことに驚き、手を止める。そして、パソコンの液晶画面の光で結翔の顔を確認し、更に驚いた。
だがすぐに我に返り、エンターキーを押そうとする。が、結翔がそれを止め、二人はその場でもみ合いになった。
菜花は暗がりの中、這う這うの体でようやく二人の元へ行くが、どうしていいのかわからない。何が起こっているのかよく見えないし、ここはもう非常事態だということで、すぐ側にあった照明スイッチを押した。
「うっ!」
いきなり明るくなったので、結翔と小山は目を細める。だが、ここでも小山の反応は早かった。
「どけっ!」
「結翔君!」
小山は結翔を殴りつけ、パソコンへと走り寄る。が、あと一歩というところで、そのパソコンは何者かの手に奪い去られた。
「誰だ!?」
小山が叫ぶ。
小山は、普段はとてもおとなしく、声も小さい。ただ黙々と仕事をこなしている目立たない男だった。
そんな男が目をギラつかせて大声で怒鳴るものだから、菜花は竦み上がってしまう。結翔は殴られた頬を押さえながら立ち上がり、チッと舌打ちをした。
「ちょっと待ってよ、しゃちょー。なんであんたがここにいるかなぁ?」
「うわー、結翔君が怒ってる! 社長とか、普段絶対言わないのに!」
「あったりまえでしょうが! そんなことより、来るなら来るって先に言ってよ!」
「いやいや、僕だって想定外だよ。出番なんてないと思ってたんだけどねぇ」
彼はパソコンを片手で持ち、もう片方の手でいろいろ操作をしながら、小山に向かって説教を始めた。
「システム課の小山さん、これはだめだなぁ。田川さんがいくら憎いからって、田川さんのパソコンにウイルスを仕込んで感染させようとするなんて。彼のパソコンだけがパァになるならまだいいけど、ここで繋がってるパソコン、全部パァになっちゃうよ?」
「……こんなクソな会社、何もかも無茶苦茶になればいいんだよ! っていうか、誰だよお前!」
「あー、小山さん、この人温厚そうに見えるけど、怒らせたら怖いよ? おとなしくしとけって」
結翔はそう言いながら、小山の身体を拘束する。先ほど殴られたのがまるで嘘のような鮮やかさだ。もしかすると、さっきは少し油断していたのかもしれない。
そんな風に考えていると、それを読んだかのように、結翔は菜花をジロリと睨み、小さく呟く。
「違う。小山さんに怪我させたくなかっただけだよ」
「……ふぅーん」
結翔の性格からすると、強がりのようにも聞こえるが。菜花はそう思いながらも、一応頷いておく。
そんな二人のやり取りにクスクスと笑いながらようやく操作し終えた男は、パソコンを安全にシャットダウンさせた。そして、小山に向かって名刺を見せる。
「どうもはじめまして。私、S.P.Yours(エス・ピー・ユアーズ)株式会社、代表取締役をしております、金桝惇と申します」
「はぁ?!」
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