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「か……あの、どうせなら店内の方が涼しくないですか?」
「今「金桝さん」って言おうとした!」
菜花は、それには素知らぬ振りをする。
大通りのかき氷屋に連れてこられた菜花は、そこで一番人気のマンゴーミルクかき氷を前に、テラス席についていた。
真夏に比べ、陽射しも少しは和らいでいるが、日中はまだうだるような暑さが続いている。
店内の席が埋まっているなら仕方ないが、中途半端な時間ということもあり、すいていた。にもかかわらず、金桝はあえてテラス席に座ったのだ。ちなみに、彼は抹茶金時をチョイスしている。
「うまーい!」
「まぁ……美味しいんですけどね」
ふわふわの氷に、マンゴー果汁たっぷりのシロップがかけられ、おまけにマンゴーの果実までごろごろとデコレーションされている。その上から練乳ミルクがかかっており、これで美味しくないわけがない。一度口にすると、止まらなくなる。しかし、暑いものは暑いのだ。
「テラス席が好きなんですか?」
「そんなことないよ。どちらかというと、中の方がいいかな」
じゃあなんでだよ! と激しくつっこみたい気持ちを抑えながら、菜花はかき氷をがばっと口にする。一気にたくさん食べてもきーんとしない。美味しい。いや、そうではなく。
そこでふと気付く。金桝は先ほどから通りの向こう側を注視していた。正確には、向かい側に建っている古びた喫茶店だ。
いつの間にかかき氷を食べ終えていた金桝が、菜花の方を向く。そして、ニヤリと笑った。
「あ、気が付いちゃった?」
「……さすがに」
先ほどから、道行く人々の視線がうるさくてしょうがない。
芸能人かモデルかという見目麗しい男がすぐそこにいるのだ。見るなという方が無理。ましてや、金桝の美貌は度を越している。二度見、三度見していく人間が後を絶たなかった。これではまるで、動物園のパンダ状態だ。
にもかかわらず、どうしてあえてテラス席を選んだのか。
「見張り、ですか?」
「正解」
それならそうと、先に言ってほしかった。
菜花が項垂れると、金桝が菜花の頭をポンと軽く撫でてくる。
「ここが一番見張るのに都合がよかったんだけどさ、男一人じゃ居づらいなと思って。そんな時、菜花君が通う大学が近くにあったことを思い出してね、一か八か行ってみたんだ」
「運、よすぎじゃないですか?」
「まぁね。僕、持ってる人だから」
確かに、彼は強運の持ち主という感じがする。
金桝と遭遇したのは、菜花が大学を出てすぐ後のことだ。構内にいれば、会うのにもっと時間がかかっただろう。見張りの最中なのだし、それほど時間はかけられなかったはずだから、菜花が大学を出たところで捕まえられたのは奇跡ともいえる。
「別件の依頼ですか?」
菜花の問いに、金桝は首を横に振る。
「いや、例の件だよ」
ということは、水無瀬の案件だ。関係者に怪しい動きがあったのだろうか。
「菜花君」
「はい」
金桝がこちらをじっと見つめる。菜花を見ているのではない。視線を辿ると、そこにはマンゴーミルクのかき氷。
「え? な、なんですかっ」
「美味しそうだなぁ。いらないなら、もらっちゃおうかなぁ」
「いやいやいや、いりますよ! 食べますっ!」
菜花は慌てて残ったかき氷をかきこむ。
イケメンが涎を垂らしそうな顔でマンゴーミルクを見つめる。……怖い。
取られてなるものかと、菜花はかき氷を食べきった。
「ふぅ……危なかった」
「そこは、美味しかった、じゃないの?」
「……美味しかった、です」
つい食い意地を張ってしまったが、そもそもこれは金桝の奢りだ。分けてあげてもよかったかもしれない。
そんなことを思っていると、金桝が素早く席を立った。
「いいタイミング。ターゲットが出てきた」
菜花も向かいの喫茶店を見る。
スラリと背の高いサングラスをかけた男と、華奢でありながらもメリハリのついた美しいスタイルの女が、ちょうど店から出てきたところだった。男はアッシュブルーのシャツにテーパードパンツ、女は真っ白なワンピース姿で、いかにもデートといった雰囲気だ。
あの男は、水無瀬なのだろうか?
スーツ姿しか見たことがない上、サングラスをかけているものだから、菜花にはどうにも判別がつかない。
「さ、行きますか」
「え? わ、私もっ?」
「このまま帰っても別にいいけど……気にならない?」
そう言うなり、金桝は二人の後を追って歩き出してしまう。
「えっと、えっと……」
迷ったのは、ほんの一瞬。気にならないわけがない。
菜花は思い切って、金桝の後を追いかけた。
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