6.広がる綻び

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 * 「か……あの、どうせなら店内の方が涼しくないですか?」 「今「金桝さん」って言おうとした!」  菜花は、それには素知らぬ振りをする。  大通りのかき氷屋に連れてこられた菜花は、そこで一番人気のマンゴーミルクかき氷を前に、テラス席についていた。  真夏に比べ、陽射しも少しは和らいでいるが、日中はまだうだるような暑さが続いている。  店内の席が埋まっているなら仕方ないが、中途半端な時間ということもあり、すいていた。にもかかわらず、金桝はあえてテラス席に座ったのだ。ちなみに、彼は抹茶金時をチョイスしている。 「うまーい!」 「まぁ……美味しいんですけどね」  ふわふわの氷に、マンゴー果汁たっぷりのシロップがかけられ、おまけにマンゴーの果実までごろごろとデコレーションされている。その上から練乳ミルクがかかっており、これで美味しくないわけがない。一度口にすると、止まらなくなる。しかし、暑いものは暑いのだ。 「テラス席が好きなんですか?」 「そんなことないよ。どちらかというと、中の方がいいかな」  じゃあなんでだよ! と激しくつっこみたい気持ちを抑えながら、菜花はかき氷をがばっと口にする。一気にたくさん食べてもきーんとしない。美味しい。いや、そうではなく。  そこでふと気付く。金桝は先ほどから通りの向こう側を注視していた。正確には、向かい側に建っている古びた喫茶店だ。  いつの間にかかき氷を食べ終えていた金桝が、菜花の方を向く。そして、ニヤリと笑った。 「あ、気が付いちゃった?」 「……さすがに」  先ほどから、道行く人々の視線がうるさくてしょうがない。  芸能人かモデルかという見目麗しい男がすぐそこにいるのだ。見るなという方が無理。ましてや、金桝の美貌は度を越している。二度見、三度見していく人間が後を絶たなかった。これではまるで、動物園のパンダ状態だ。  にもかかわらず、どうしてあえてテラス席を選んだのか。 「見張り、ですか?」 「正解」  それならそうと、先に言ってほしかった。  菜花が項垂れると、金桝が菜花の頭をポンと軽く撫でてくる。 「ここが一番見張るのに都合がよかったんだけどさ、男一人じゃ居づらいなと思って。そんな時、菜花君が通う大学が近くにあったことを思い出してね、一か八か行ってみたんだ」 「運、よすぎじゃないですか?」 「まぁね。僕、持ってる人だから」  確かに、彼は強運の持ち主という感じがする。  金桝と遭遇したのは、菜花が大学を出てすぐ後のことだ。構内にいれば、会うのにもっと時間がかかっただろう。見張りの最中なのだし、それほど時間はかけられなかったはずだから、菜花が大学を出たところで捕まえられたのは奇跡ともいえる。 「別件の依頼ですか?」  菜花の問いに、金桝は首を横に振る。 「いや、例の件だよ」  ということは、水無瀬の案件だ。関係者に怪しい動きがあったのだろうか。 「菜花君」 「はい」  金桝がこちらをじっと見つめる。菜花を見ているのではない。視線を辿ると、そこにはマンゴーミルクのかき氷。 「え? な、なんですかっ」 「美味しそうだなぁ。いらないなら、もらっちゃおうかなぁ」 「いやいやいや、いりますよ! 食べますっ!」  菜花は慌てて残ったかき氷をかきこむ。  イケメンが涎を垂らしそうな顔でマンゴーミルクを見つめる。……怖い。  取られてなるものかと、菜花はかき氷を食べきった。 「ふぅ……危なかった」 「そこは、美味しかった、じゃないの?」 「……美味しかった、です」  つい食い意地を張ってしまったが、そもそもこれは金桝の奢りだ。分けてあげてもよかったかもしれない。  そんなことを思っていると、金桝が素早く席を立った。 「いいタイミング。ターゲットが出てきた」  菜花も向かいの喫茶店を見る。  スラリと背の高いサングラスをかけた男と、華奢でありながらもメリハリのついた美しいスタイルの女が、ちょうど店から出てきたところだった。男はアッシュブルーのシャツにテーパードパンツ、女は真っ白なワンピース姿で、いかにもデートといった雰囲気だ。  あの男は、水無瀬なのだろうか?  スーツ姿しか見たことがない上、サングラスをかけているものだから、菜花にはどうにも判別がつかない。 「さ、行きますか」 「え? わ、私もっ?」 「このまま帰っても別にいいけど……気にならない?」  そう言うなり、金桝は二人の後を追って歩き出してしまう。 「えっと、えっと……」  迷ったのは、ほんの一瞬。気にならないわけがない。  菜花は思い切って、金桝の後を追いかけた。
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