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「ううう……」
「えー、そんなに嫌? そりゃ、僕みたいなおじさんは嫌だろうけどさ、少し我慢してよ」
そうじゃないだろーーーーっ! と心の中で叫びまくり、菜花はひたすら心の平静に努める。金桝はというと、肩を震わせながら楽しげに歩いていた。
完全に遊ばれている。
ついてきたことを若干後悔していると、突然金桝の歩みが止まった。
「え?」
「マンションに入る」
すぐそこには、立派なタワーマンションが建っている。二人はそのまま中に入っていく。
ここに住んでいるのだろうか。
「あの男の人、水無瀬さんだったんですか?」
菜花はやっとのことで金桝から離れると、ずっと確認したかったことを尋ねた。すると金桝は、驚いたように目を瞬かせる。
「え? わかってなかったの?」
「う……」
「面白いなぁ、菜花君は。そうだよ。いつもの彼とはかなり雰囲気を変えていたけど、あれくらいで変装とは言えないよね」
眼鏡一つで変装になると言ったのは、どこのどいつだ。
事務所での金桝しか知らなかったし、大抵は結翔も一緒だったので、つっこみ役は全て結翔が引き受けていた。だから、金桝がこれほどまでにつっこみどころのある人間だとは思っていなかったのだ。
だが、前回の依頼ではパソコンをウイルス感染させようとしているところを間一髪で阻止したり、その他にも、ターゲットの過去を洗い出したり、交友関係にある人物の特定や身元を調べたりなど、本職の刑事や探偵などが行うような仕事を短期間で詳細に調べ上げるなど、とんでもなく有能な部分も見せられている。
金桝惇という人物は、つくづくよくわからない。
「ごく自然に入っていったところを見ると、しょっちゅう出入りしているようだね。あの彼女の素性を調べる必要があるな」
「え? ここは水無瀬さんの住んでいるマンションじゃないんですか?」
菜花の言葉に金桝が大笑いする。
「あはははは! そりゃないよ。自分のマンションに浮気相手は連れ込まないでしょ。今、とても大事な時なのに」
「あ……」
確かにそうだ。自分の住んでいるマンションに、婚約者ではない女性を連れ込むなどありえない。いつどこで、誰に見られるかわからないのだから。
となると、ここはあの彼女のマンションということになる。
「こんなすごいところに住んでるなんて、彼女、何してる人なんでしょう? 綺麗な人だったし、もしかして芸能人とか?」
「さて、それは調べてみないことには何とも。まぁこっちは僕に任せておいて。それにしても……結翔君の報告にもあったけど、水無瀬遼はどうやら黒に近付いてきたね」
そう言った金桝の顔を見て、菜花は小さく溜息をつく。
何故なら、呟きに近い声でそう言った金桝が、怪しげな表情を浮かべていたからだ。
どう暴いていってやろうかと、獲物を狙う捕食者のような微笑み。
その顔を見ただけでわかる。金桝は絶対に敵に回してはいけない人物だと、菜花は痛切に感じるのだった。
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