7.接近

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 *  ランチが終わり、午後の仕事に入る。 「ふわぁ……」  菜花の仕事は書類の整理整頓、しかも、書庫でたった一人の作業だ。ここの環境にもだいぶ慣れてきたせいで、気も緩む。特に昼食後は眠くなってしまい、うっかりすると手が止まっていたりする。 「だめだって……。仕事は仕事、ちゃんとしなきゃいけないのに」  欠伸を噛み殺しながら、書類と格闘する。  ここに保管されてある書類は、それほどバラエティーに富んでいるわけでもなく、最初の頃に感じていたような新鮮さはすでになくなっている。  菜花はタンブラーに入ったお茶を飲みながら、溜息をついた。 「でも……なんだろうなぁ……」  菜花が着々と仕事を終わらせていったこともあり、書類はかなり最近に近づいてきていた。担当者にも見知った名前が多数出てくる。部長は小金沢になっているし、補佐は横山だ。  菜花はタンブラーを置き、仕分け作業を再開させる。 「高橋さんの担当って、この頃から多かったんだなぁ。この分量って、部長が決めるのかな?」  よくわからないが、仁奈の仕事量は他の者と比べて圧倒的だった。  仁奈の仕事が評価された結果なのだろうが、これではバランスが取れていないような気がする。といえど、他の人は別の仕事を割り振られているのかもしれないが。 「うーん、それにしてもなんだろう? なーんか……変?」  独り言を呟き、首を傾げる。  菜花自身もよくわからないのだ。  大量の書類を仕分けし、ファイリングしてきた上で、最近どうもしっくりこないというか、違和感のようなものを覚える。それがなんなのか、さっぱり思い当たらない。 「わからないのが気持ち悪いんだよねぇ……。でも、何なのか思いつかないってことは、たいしたことじゃないんだろうけど」  一枚の請求書と支払い依頼書を手に、菜花はまた首を傾げた。支払い依頼書の担当者は仁奈、補佐は横山、部長は小金沢、印もきちんと真っ直ぐに押されている。    此花電機の請求手続きは、各部署の担当者が支払い依頼書を作成し、上長までの印をもらってからそれに請求書を添付し、経理部に提出する。その書類を経理部内でチェックし、支払い処理が行われることになっていた。  内容をシステムに入力するのだが、入力した後も更に間違いがないかをチェックし、経理部の支払い担当者、補佐、部長印まで揃って、はじめて処理完了の手続きがなされるのだ。  なかなか大変な作業だ。支払業務は月末月始が忙しく、皆バタバタとしている。普段は定時で帰っている人たちも、この時だけは残業だ。  今は電子化されており、それに対応している会社の支払いについてはもう少し簡略化されている。だが、対応していない会社もそこそこあり、古くから付き合いのある中小企業などはそういったケースが多い。その場合は、いまだに昔ながらの形式が取られている。  今の経理部支払い担当者は仁奈で、他にはいない。過去には数人で担当していたようだが、今は仁奈一人だ。 「チェックは分散してるみたいだけど、支払い入力だけでも大変そうだよね……。各部署から山のように依頼書が届くんだから」  請求元や金額を間違えるわけにはいかないので、かなり神経を遣うだろう。それを一人で担っているなど、自分に置きかえるとゾッとする。 「私も頑張ろう……」  ちょうど今は月末で、経理部は慌ただしい。皆が残業しているものだから、自分だけ定時で帰るのは申し訳ないと思えど、何の知識もない菜花ができることは、今やっている書類整理くらいだ。  気を取り直し、集中して目の前の仕事に取り組む。その時、ノックと同時にロック解除の音が響き、誰か書庫に入ってきた。 「杉原さん、いるかい?」  書庫に入ってきたのは、部長補佐の横山だった。
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