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「よし、これでオッケー。ちょっと様子を見に来ただけなのにラッキー! 菜花、ありがとな!」
「……いいけど。そろそろ戻らないと、水無瀬さんに怪しまれるんじゃ?」
「それは大丈夫。今日はもう早退したから」
「え? なんで?」
水無瀬が早退など珍しい。
菜花が目を丸くしながら尋ねると、結翔からはこう返ってきた。
「デートだよ」
「デート? 誰と?」
「いやいや、そこは専務のご令嬢、純奈さんとに決まってるでしょ?」
「あ……そうか」
金桝と目撃したあの美女のことが頭にあったので、うっかりしていた。もちろん、あの件については結翔にも共有している。
それとは別に、水無瀬がよく使っているキャバクラ店のナンバーワンキャバ嬢の存在もある。
今現在、水無瀬には二人の女性との怪しい関係が浮かび上がっていた。
「会社を早退してデートなんて、あり?」
普通ならなさそうだが、相手はなにせ専務の娘だ。彼女にどうしてもと言われると、断りづらいだろう。
「ありでしょ。専務から直接言われてたし」
「専務さんが?」
「今日は純奈さんの誕生日なんだよ。で、早めの時間に専務夫妻も交えて食事して、その後は二人っきりのデート。明日は午後からの出社だってさ。よくやるよねー。夜は励みますよって宣伝してるようなもんだよね」
「う……」
菜花の頬が熱くなる。
もう大人なので、結翔が言わんとすることはわかるのだが、しれっと聞き流せるほど大人ではない。
そんな菜花を見て、結翔はニヤニヤと頬を緩め、揶揄うように顔を覗き込んでくる。
「相変わらずピュアだなー! でもいくら初心だからって、さすがに初めては済ませてるんでしょ?」
「結翔君!」
「あはははは! 冗談だってば。それじゃ、そろそろ退散しますか。じゃあね!」
結翔はそう言って、軽い足取りで書庫を出て行った。
その後ろ姿を眺めながら、菜花は大きな溜息をつく。
「結翔君、セクハラ。かねま……じゃなかった、惇さんに言いつけてやる!」
気を抜くとつい「金桝さん」と言ってしまいそうになる。なので、普段から「惇さん」と言うように心がけていた。
金桝はよほど自分の姓が気に入らないらしい。
菜花が「金桝さん」と呼ぶ度に指摘が入るし、しまいにはペナルティーをつけられそうになった。
「惇さんは惇さんで、いろいろ謎だよね……」
ふむ、としばし考え込むが、定時までに与えられた仕事を済ませてしまいたかったので、菜花はすぐに仕事を再開させるのだった。
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