1.S.P.Y.株式会社

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 結翔に拘束されながらも、小山はまだ興奮状態だ。だが、彼の方はそんなことは一切お構いなし、マイペースに自己紹介を続けた。 「S.P.Yoursを略してS.P.Y.(エス・ピー・ワイ)、あるいは、SPY(スパイ)とも言いまして。ご依頼のあった会社様の社内監察を行う会社なんですよ」 「社内監察……だと?」  金桝惇は、この場にそぐわないような艶やかな微笑みを浮かべる。  この男の見目といえば、芸能人かモデルかというほどに華やかで、とんでもなく整った容姿の持ち主なのだ。そんな男がこれ見よがしに微笑んでみせたので、小山もうっかりそれに見惚れてしまっていた。 「社内で密かに行われている不正などの証拠を集め、依頼主に報告する、それが私どもの仕事です。社内の人間では、情やしがらみなどがあり、なかなか難しいですからねぇ。で、何の関係もない第三者の立場である我々が、その仕事を代わりに請け負っているというわけなんです。調査員を派遣してね」 「調査員? 派遣!? ってことは……」  小山が、結翔と菜花に視線を向ける。  結翔はそれに対し、首を前に突き出して「はーい」などとおどけて返事をするが、菜花はすかさず背を向けてしまう。目を合わせるなどとてもできない。 「なるほど……。お前らが派遣された調査員、つまり……スパイってわけか」  そう言って、小山はガクリと項垂れた。  *  次の日、菜花と結翔は、依頼完了ということでお役御免となった。  ディライト食品システム課についての社内監察は終了、最終報告書は社長の金桝から依頼主にすでに提出してある。監察対象にどういった処分が下るのかは、その会社次第だ。  S.P.Y.株式会社としての仕事は、あくまで監察対象を調査するだけ。その後の処分に口を出すことはない。 「さて、二人ともお疲れ様! 君たちの報告に依頼主も満足されていたよ。しかるべき処分を下すと言っていた。おそらくは部署異動、降格だろうね。彼の扱いについてはなかなか厄介だったようだし、昨日の件は渡りに船だったみたいだ」  金桝の話を聞きながら、菜花は複雑な気持ちなった。  そんな顔をしていたのだろう、金桝が菜花の方を向き、僅かに首を傾げた。 「菜花君、何か言いたそうだね」 「いえ……」 「いいよ。消化不良は身体にも心にもよくない。言いたいことはきちんと言うべきだ。君のいとこを見習いなさい。いや、結翔君は言い過ぎだから、ちょっと抑えた方がいいか……」 「言っちゃいなよ、菜花」  金桝と結翔に促され、菜花はおずおずと口を開く。 「田川課長は降格でも異動でも、会社に残れるんですよね? じゃあ、小山さんはどうなるんでしょう……」  実は、依頼のあった社内監察の対象者は小山ではない。課長の田川の方だったのだ。  システム課では、ここ二年ほど社員の定着率が著しくよくなかった。体調を崩したり心を病んでしまったりと、休職や退職をする人間が相次いでいる。新しく人を入れてもなかなか居着かない。仕事の質もどんどん低下しており、会社側としても見過ごせなくなってきた。  人事課はシステム課の社員に聞き取りを行ったが、皆が一様にわからないと口を揃える。トップである田川も、首を傾げるばかりで話にならない。  それなら他の部署ならどうかと、同様に聞き取りを行ってみたが、結果は同じだった。  ディライト食品はまだ歴史の浅い会社で、ほとんどの社員が中途採用だ。その中で、田川は古参であり、社長とも親しい。そういった事情もあり、皆は本音を明かせないのではないかと考えた人事課は、社内監察代行を請け負うS.P.Y.に依頼をしてきたのだった。
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