8.雑談か密談か

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8.雑談か密談か

 仁奈に頼まれていた分は、定時前には余裕で終わった。  だが時間が中途半端なこともあったし、できるだけ手伝いたいと思ったので、菜花がそう申し出ると、仁奈も横山も助かると言って快諾し、菜花は新たに依頼書を預かって書庫に戻ってくる。 「あ、一応おばあちゃんとお兄ちゃんに連絡入れておかなきゃ」  菜花は二人に、今日は残業になる旨を連絡する。  祖母は年配ながらも好奇心旺盛な性格で、スマートフォンなどの電子機器を相当に使いこなせる。文字を打つのもフリック入力で、しかも早い。 『あまり遅くならないように』  早速祖母から返事がきて、菜花は苦笑しながら「了解」とスタンプで返す。兄の怜史は仕事中なので、すぐには返ってこない。 「よし、やるか!」  菜花は再び依頼書の束とシステムに向き合った。  *  カタンという物音でハッとする。  集中していたので、時計を全く気にしていなかった。確認すると、もう十九時になっている。菜花の定時は十七時なので、すでに二時間残業していることになる。 「全然気付かなかった」  まだ社内に人はいるだろうが、横山や仁奈もいるだろうか。 「あ、いる」  チャットの画面を確認すると、二人ともまだ社内に残っているようだった。その時、ちょうど仁奈からチャットが入った。 『お疲れ様です。まだかかりそう? キリのいいところで終わってね。声をかけるのが遅くなってごめんなさい』  仁奈も仕事に集中していたのだろう。だが、こうやって気にかけてもらえることがありがたい。菜花は残りを見て、あとどれくらいで終わりそうかを逆算した。 『お疲れ様です。あと少しで終わると思うので、最後までやりますね。たぶん、あと十五分くらいです』 『ありがとう。それじゃ、お願いするわね』 『はい!』  あと十五分ほどならいいと思ったのだろう。仁奈の許可も得たことだし、菜花は新しい依頼書を手に取る。その時、また物音に気付いた。  書庫に誰かいるのかと思ったが、違う。隣から同じ物音と小さな話し声が聞こえてきたのだ。書庫の隣、そこは休憩室だ。 「誰だろう?」  耳をすませると、声の主は男性だ。男性がこちら側の休憩室を使うことはあまりない。だが、もうほとんどの女性社員が退社しているということもあり、使っているのだろう。 「今月から杉原さんも?」 「うん。分散させた方が都合がいいからね」 「そうですね。それがいいと思います」  菜花は大きく目を見開く。自分の名前が出てきたこともそうだが、休憩室で話している人物が誰かわかったのだ。 「システム入力の割合を、派遣に振っていく。その方が安全だろう?」 「でも、彼女は請求資料のファイリングもしているでしょう? 大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ。大量にあるからね。いちいち把握などしていられないし、そこまで見ないよ」 「それもそうですね。派遣の方が雇用期間も調整できるし、安全です」 「ちょうど経理部で欠員が出る予定だから、高橋さんにはそっちの仕事をメインにやってもらおうかと思ってるんだ」 「彼女は優秀だし、そろそろ別の仕事に移ってもらった方がよさそうですね」  ドクンと心臓が跳ねた。
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