8.雑談か密談か

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「わかった。種を明かすよ。結翔君から、菜花君は今日残業になりそうだって連絡があったんだ。しかも、これまで社員一人にしかやらせていない請求システム関連の仕事を任されたっていうじゃないか。ちょっと気になって、菜花君から直接話を聞こうと思って近くで張ってたんだよ」 「え……それだけのためにですか?」  ただ話を聞くだけなら、事務所に寄ってくれと菜花に一言連絡を入れればそれで済む。わざわざこんなところで待つ必要などない。  そう思っていると、運転席から結翔が揶揄うような口調で言ってきた。 「惇さん、過保護だから。怜史といい勝負なんじゃないかな。遅い時間だから迎えに行くとか、どんだけだよ」 「菜花君から直接話を聞きたかったし、ついでだよ」 「またまたぁ! 今回の仕事は前回ほど単純じゃなさそうだし、菜花にも予定外にどっぷりと足突っ込ませてるからって心配してたじゃん。菜花に万が一のことがないよう、GPSアプリこっそり仕込んでたくせにーっ」 「結翔君!」  菜花は目を真ん丸に見開く。GPSアプリを、仕込んだ……? 「ちょっと、いつの間にっ!?」  大慌てでスマートフォンを確認するが、それらしきものは見当たらない。アプリを入れたら、画面にアイコンが表示されているはずなのだが。 「そんなアイコン、どこにもないよ?」 「惇さんがそんなわかりやすいことするわけないでしょ。表示されないようにしてんの」 「えぇーっ」  金桝の方を見ると、多少気まずそうにしているが、ニコニコ笑顔は健在だった。どうやら開き直ったらしい。 「菜花君の身に何かあれば、お祖母様やお兄様に顔向けできないからね。菜花君の身を守るために、そうさせてもらったんだ。あぁ、お二人に早く連絡しないと! 帰りは車で家の前まで送るから大丈夫だって言っておいてね」 「あ、はい。ありがとうございます」  菜花はハッとし、急いで二人に連絡を入れる。  祖母はすぐに了承したが、兄はうるさかった。今どこにいるだの、迎えに行くだの、それらを躱すのに一苦労だ。結翔の紹介でS.P.Y.でアルバイトしていることは知っているが、仕事内容の詳細までは知らない。事務のアルバイトでこんなに遅くなるのかとおかんむりだった。 「ちょっと今忙しい時期なの! 皆大変なのに、ヘルプで入った私がさっさと帰れないよ。帰りは家まで送ってくれるっていうんだから大丈夫! もう切るからね!」  メッセージで済ませようと思っていたのに、結局電話する羽目になってしまった。  やっとのことで兄を説得した頃、車はS.P.Y.の事務所が入っているビルの駐車場に到着する。 「着いたよ。それにしても、結翔君から話は聞いていたけど、お兄さんは菜花君が可愛くてしょうがないんだねぇ」 「いえ、その……心配症というか、過保護すぎるというか」  怜史が菜花をとても大切にしてくれていることは、菜花だってわかっている。だが、物には限度というものがある。怜史は明らかに度を越している類に入ってしまうだろう。 「怜史は昔からデキがよくて、要領もよくて、おまけにイケメンで一流企業にも勤めてるっていうのに、いまだ独身だもんねぇ。菜花が嫁に行くまでは結婚なんてしない、俺が親代わりなんだ! っていつも言ってる」 「それはすごいね」  過保護にも程がある。これはもう、溺愛というべきか。 「でも、無断でGPSアプリ仕込む惇さんだって、いい勝負でしょ」 「結翔君! せっかく流せそうだったのに!」  そうだ、思い出した。追及しようとしていたのに、家に連絡を入れた瞬間に頭からすっぽ抜けていた。  菜花はジロリと金桝を睨み、他に何かしていないか問い詰めようとするが、あれよあれよという間に車から降ろされ、金桝と結翔に連行されるように事務所に連れていかれたのだった。
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