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「な、なんなんですか、二人して!」
「甘いなぁ、菜花は。もし、請求書が二枚あったとしたら?」
「二枚!?」
結翔の問いに、菜花は眉間に皺を寄せる。
請求書が二枚とは、いったいどういうことなのだろうか。
結翔は得意げな顔で、側にあったメモ帳を二枚破り、菜花の前に置いた。
「こっちの請求書Aは、システム入力の時に提出されたものだとする。でも、実際に振り込まれる時には、こっちの請求書Bの内容に差し替えられていたとしたらどうなる?」
請求書が二種類、当然どちらかが偽物ということになる。どちらが偽物にせよ、振り込み直前にデータを書き換えることなど、仁奈や菜花にはできないことだ。そこまで考え、菜花は結翔の顔をマジマジと見つめた。
「小金沢部長が請求書を差し替えて、データを改ざんしてるってこと?」
最終的に決裁する者は、部長の小金沢である。
だが、菜花の言葉に金桝が異を唱えた。
「小金沢部長とは限らないよね」
「え……でも」
金桝の瞳が僅かに細まり、鋭さを増す。彼は、落ち着いた口調でこう言った。
「月々の支払い作業の最終決裁は、部長補佐の横山さんに任されているって言ってなかった?」
「あ!」
金桝に言われて思い出した。そうだ、確かにそうだった。
小金沢はイレギュラーな大物案件にはきちんと目を通すが、月々に発生するルーティン作業のようなものは、ほぼ横山に丸投げしていた。勤務初日にそのことを知り、他人事ながら心配になったことを思い出す。そしてこのことは、もちろん金桝と結翔にも共有していた。
「十中八九、横山さんがやってる。で、水無瀬さんも噛んでる」
結翔の言葉に、菜花は慌てる。
「ちょっと待って! 横山さんと水無瀬さんが、会社のお金を横領してるってこと?」
これまでの話をまとめると、そういうことになってしまう。
菜花が動揺していると、結翔はさも当然といった顔をした。
「そうだよ。水無瀬さんの取引先のほとんどは、請求システムに対応していない。メールで請求書のPDFが送られてくるんだ。水無瀬さんがそういう会社ばかりを担当していたっていうのも、その方が都合がいいからだ。PDFなら偽造も可能だからね。でも水無瀬さんのことだから、うまいこと請求書のテンプレートを手に入れている可能性もある」
「テンプレート?」
「PDF化する前のデータ。原本があれば、偽造なんてし放題じゃん」
怖い、怖すぎる。
取引先の請求書作成データなど、簡単に手に入るものではない。だが、水無瀬ならやってしまえそうだから、結翔の話もあながちないとも言えない。それが恐ろしい。
「で、でも、水増しした金額の請求書を作って振り込みしたとしても、取引先には実際よりも多い金額が振り込まれちゃうじゃん。……それ、取引先も承知してるってこと?」
そうでないと、水増しした金額を二人が受け取ることはできない。
それに対し、今度は金桝が答えた。
「悪事を知る者は、できるだけ少ない方がいい。取引先を巻き込むと、何かと面倒だと思うよ」
「でも……」
「菜花君は、差し替えられた請求書Bが水増しされた偽物だと思っているようだけど、逆なんだ。請求書Aが、水増しされた請求書なんだよ」
「ええええっ!?」
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