8.雑談か密談か

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 そういうことなら、確かに仕方がない。  だが、女性の身元は別に必要ないのではないだろうか。二人が親密そうにしている写真があれば、専務の娘以外との女性関係がある証拠になるのでは?  それを伝えると、結翔が憮然とした顔で反論してきた。 「写真だけならいくらだって逃げられる。相手の女性の素性も掴んで、二人の決定的な証拠を押さえておかないと、水無瀬さんは絶対に認めない」 「でも、この写真を専務さんに見せれば……」  素性はわからなくてもこんな写真がある以上、専務は娘を案じて水無瀬との結婚を白紙に戻すのではないだろうか。素性が気になれば、あとは自分で調べればいいのだ。 「僕たちの仕事は調査だよ。報告するなら、ちゃんとした証拠もなくちゃね。この写真だけじゃ、まだゴシップにすぎない。彼女はキャバ嬢だし、仕事上の付き合いですと反論されるのがオチだ。現状このままを報告するのは、あまりにもお粗末かな」  と金桝が言うと、結翔も更に言葉を重ねてくる。 「そうそう。水無瀬さんの方も、取引先のなんとかさんが彼女を気に入っていて、仲を取り持つために接触していました、なんて言ったら? 逃げようなんていくらでもある」 「……屁理屈な気がする」  菜花がタジタジとなりながもそう言うと、金桝は声をあげて笑いながら、だよね、なんて頷いている。  だが、二人の言うことも一理ある。それなら、逃げられないほどはっきりした証拠を掴み、それを突きつけねば。 「探偵のお仕事みたい……」  最初に仕事の説明を受けた時もそう思ったが、改めてそう実感した。 「あんまり変わらないかもね。でも、俺らがやってるのは潜入捜査みたいなもので、さすがに探偵はこんなことやらないし、できないんじゃない?」 「潜入捜査!」  その強烈なワードに、菜花は慄く。  そんな意識はなかったが、よくよく考えるとそうである。そして、結翔が言うように、探偵はそんなことはしないだろう。事と次第によっては、ここでの仕事は探偵よりも危険が伴う。 「S.P.Y.って、やっぱりスパイって意味なんじゃ……」  菜花が小さく呟くと、金桝が急に瞳をキラキラさせ、勢いよく菜花の顔を覗き込んできた。 「ひっ!」 「そう、スパイ!」 「へ?」  金桝は満面の笑みを浮かべ、更に菜花との距離を詰めてくる。菜花は咄嗟に離れようとするが、ガシリと両腕を掴まれてしまった。 「ほんとはね! スパイ株式会社って名前にしたかったんだよねぇ!」 「はああああ?」 「嘘でしょ!? マジで?」  菜花はポカンと口を開け、結翔も初めて知ったことなのか、目を丸くしている。そんな中、金桝だけは上機嫌でうんうんと何度も頷いていた。 「でもさー、貴久(たかひさ)さんからだめだって言われて」 「でしょうね……」  菜花が苦笑すると、結翔が呆れながら言った。 「貴久さんが正しいよ。うちは、表向きは人材派遣会社だからね。スパイ株式会社はないよね。そんなとこから人を雇いたくない」 「でもさ、味方のフリして敵を欺き、目当ての情報を盗むなんて、まさしくスパイでしょ! 僕も本当はもっと現場に出たいんだけどなあああ!」 「盗むって、人聞き悪いからやめてっ!」  子どもが夢を語るように無邪気な顔ではしゃぐ金桝に、菜花は思った。彼はおそらく、スパイ映画のファンなのであろうと。  結翔を見ると、菜花と同じことを考えているようだった。 「で、スパイはアウト食らったから、S.P.Yours、略してS.P.Y.にしたってこと? YのYoursは置いといて、SとPはなに?」  結翔がそう尋ねると、金桝はきょとんとした顔になる。その後に言った言葉は「あれ? 言ってなかったっけ?」だ。  すぐさま二人でツッコミを入れると、金桝は頭を掻きながら説明した。 「Special、Perfect、特別に扱い、完璧な仕事をして、Yours、あなたを満足させますよって感じ? Specialじゃなくて、Superでもいいんだけどさ」 「いいんかいっ!」  なんとなく、いや、完全に後付けのような気がするが、ひょんなことで社名の謎が明らかになり、菜花は笑ってしまう。  正式な名前はS.P.Yoursだが、社名プレートにはS.P.Y.と表記しているのも、スパイ株式会社にしたかった名残というか、いまだにその思いがあるからなのだろう。  だが、後付けだとしても、スペシャルでパーフェクトというからには、その名前に恥じない仕事をしなくてはいけない。 「わかりました。だったら、ユリさんの素性を明らかにしなきゃいけないですね」 「そういうこと」 「りょーかい! ユリと水無瀬さんが本当はどういう仲なのかも合わせて、ユリの素性ももう少し突っ込んで探ってみる。だから!」  結翔は菜花をビシリと指差し、こう言った。 「ユリとどこで会ったのか、絶対に思い出せ!」 「ひぃぃ……」  迂闊なことを言うんじゃなかったと少し後悔しながら、菜花は渋々と頷いた。
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