9.思わぬ知らせ

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9.思わぬ知らせ

 本音を言えば、毎日此花電機に出社して、経理資料を調べたかった。  菜花は今日、大学で講義を受けていた。いわばこちらが本分である。しかし、それをほったらかしてでも此花電機に行きたかった。  週に三日とはいえ、菜花はほぼ一日中書類とにらめっこしながら仕事をしている。その上で、ここ何週間かずっと、理由のわからない引っ掛かりを覚えていた。  書類の間違いなのか、請求書がおかしいのか、いろいろ探ってはみたが、そういうことではなかった。  小さな違和感。だからこそ、それが何なのかすぐに思い当たらないところがもどかしい。 「はぁ……」 「菜花、まだ就活がうまくいってないの?」  同じ講義に出席していた友人が、菜花の溜息を聞いて心配そうに尋ねてくる。  就職活動、そういえばすっかり忘れていた。  S.P.Y.でアルバイトしているが、あくまでもアルバイトであり、そこに就職したわけではない。並行して就職活動もしなくてはいけないというのに、内心それどころではなかった。 「そ、そうだね。でもまぁ、のんびり探していくよ」 「こらこら、変に落ち込むのもよくないけど、全く焦らないのもどうかと思うよ?」  彼女の言うことももっともである。  仲良しグループの中で、まだ就職が決まっていないのは菜花だけだ。皆あれこれと好きなことを言ってくるが、なんだかんだと菜花を気にかけている。 「せっかくの卒業旅行、心置きなく行きたいでしょ?」 「そりゃあ……」 「だったら、のんびりなんてしてられないよ。焦って変なとこはだめだけど、のんびりしてる暇はないんだからね!」 「はい……」  世話焼きの友人から発破をかけられ、それに苦笑いを浮かべながら菜花は次の講義が行われる教室へ向かう。すると、鞄の中のスマートフォンが小さな音を立てた。 「あ、ちょっとごめんね」  菜花は一言断りを入れてから、スマートフォンを確認する。着信ではなく、メールの知らせだった。  メールマガジンやらショップのダイレクトメールなどの類かと思ったのだが、なんとなくメールソフトを立ち上げる。  たった今着信したメールの件名を見て、菜花は心底驚いた。 「えええっ!?」 「どうしたの?」  菜花が画面を凝視して叫ぶものだから、友人も覗き込んでくる。彼女もその件名を目にし、菜花に負けないほどの大声をあげた。 「きゃあああ! すごい! よかったじゃんっ!」 「いや、えっと、まだ決まったわけじゃ……」 「いやいや、あえて連絡してくるってことは、可能性は高いよ!」  届いたメールは、以前に就職活動をしていた会社からのものだった。  その会社では運よく最終面接まで辿り着けたのだが、残念ながら不採用という結果に終わっていた。  しかし、欠員が出たことにより、また採用面接を行うことになったそうだ。メールはその案内だった。 「でもまぁ、ここを受けた人全員に送ってるのかもしれないし」 「だとしても、時期が時期だし、実際に面接に来る人は少ないんじゃない?」 「うーん、そうか。大手でもないし、もう他に決まってる人がわざわざ受けに来ないか……」 「この会社、菜花的にはどうだったの?」  大手ではないが、勢いのある会社だったように思う。様々なアプリを制作しているIT系の会社で、歴史は浅い。だが、これから伸びていきそうな雰囲気ではあった。  まさか最終まで残れるとは思っていなかったので、かなり驚いたし、最終面接時にはここに入りたいと強く思ったものだ。  ただ、それは早く就職活動を終わらせたかったからなのか、本当にこの会社に入りたかったのか、今となってはあやふやだ。 「やりがいはありそうだったけど……」 「じゃあ、よかったじゃん! 頑張っておいでよ!」 「うん……ありがとう」  自分のことのように喜んでくれる友人を尻目に、菜花は再び溜息をつく。  他に話が進んでいる会社はない。だったら、この話に乗るべきだ。こんなことは滅多にあることではないし、大きなチャンスでもある。  しかし、何故だか素直に喜べない自分に、菜花は首を傾げるばかりだった。
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