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「小山君は残念だけど、解雇ということになるんじゃないかな。でも、会社側は訴えたり、警察に突き出したりはしないって言ってたよ」
「そうですか……」
小山は、田川が原因で心に鬱憤を溜め、それを爆発させてしまった。パソコンやデータを破壊することは立派な犯罪行為だ。いくら田川に非があるとはいえ、庇うことはできない。そしてそれは、小山自身もわかっていたはずだ。
「こうなってしまう前に、誰かに相談できればよかったんでしょうね」
「まぁね。他の奴らは、仕事終わりに飲み屋で散々愚痴ってたけどさ。小山さんにもそういう仲間がいればね……でもあの人、人付き合いが苦手だったしなぁ」
結翔は他のシステム課社員の中に入り込み、愚痴の聞き役になっていた。そこで、田川の悪行をこれでもかと聞かされ、いつか大きな問題が起こるのではないかと危惧していたらしい。小山の破壊行動は、その矢先の出来事だった。
小山の起こした事件が決定的となり、田川の人事措置はすぐにとられたわけだが、もっと早くにどうにかできなかったのか。
システム課の社員が一丸となって人事に訴えるなどしていれば、小山がああなってしまう前に田川を排除することができたのに。
「菜花君の考えもわかるけど、他の社員だって立ち位置はバラバラで、例えば人事に訴えようと誰かが言ったところで、全員が賛同するとは限らない」
菜花の気持ちを読み取ったかのような金桝の言葉に、顔を俯ける。
確かにそうだ。学生よりも会社の中の人間関係の方がずっと複雑で、皆が一丸となるなんて無理なのかもしれない。
仕事上の人間関係は、好き嫌いで割り切れない。嫌いな人間とも上手くやっていかなくてはいけないし、忖度しなければならないことも多いだろう。
そう考えると、あと半年もすれば学生でなくなってしまう自分に、一抹の不安と寂しさを感じてしまう。そして、社会人になる煩わしさも。
「菜花、社会人って面倒くさいって思ってるでしょ? そうでもないよ。学生も社会人も変わらない。人間関係なんて情やしがらみだらけで、どんな環境にいたって面倒くさい」
「……まぁ、それもわかるんだけど。でもさ、そんな風に思ってる結翔君が、実際には人付き合いがすごく上手なんて、なんかずるい」
「自分の見せ方を知ってるからね。腹の中で何考えてようが、ニコニコしとけば大概は上手くいく」
「ほんっと、結翔君ってそれでいろいろ乗り切ってるし、得してるよね」
結翔は自分の容姿をよくわかっている。そしてそれを存分に活用している。
茶色のふわふわしたくせ毛、大きな丸い瞳はくっきりとした二重、成人男性にしては線が細く、小柄だ。はっきり言って可愛い。愛想よく笑っていれば、誰にでも可愛がられるし、大抵のことは許されるだろう。
そういえば、結翔は高校時代に学園祭のミスコンで優勝した経験があった。
そのコンテストは何故か男が女装して参加するものだったが、結翔は女装させても違和感なく、ぶっちぎりでの優勝だった。
菜花はそのコンテストを友だちと一緒に見に行っていたのだが、友人ともどもあんぐりと口を開けて呆けてしまったものだ。
そんなどうでもいいことを思い出していると、金桝がデスクの引き出しから一冊のファイルを取り出し、菜花と結翔が座っているデスクの方へやって来た。
事務所の中では、金桝のデスクだけが他と離れている。社長だからということで、それっぽく見せるためらしい。
それっぽく、というだけあって、金桝は社長ではあるが、普段それらしくは振舞わない。事務所にじっとしていることも少ない。営業もするし、独自で調査も行う。社員たちと同じように、いや、それ以上に働いている。
それに、金桝自身が社長という肩書で区別されることを嫌がるのだ。だから、社員には名前の方で呼ばせているし、社員のことも名前で呼ぶ。
だがそれは、事務所内だけの話。外部に対しては、社長らしく振舞う必要がある。
依頼はメールや電話で受け、金桝が相手側に出向くことがほとんどだが、ここに客が来ることもなくはない。なので、社長席は少し離れていて、他と比べて立派なのだった。
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