9.思わぬ知らせ

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 *  メールの話を兄の怜史(さとし)にすると、こういう縁は大事にした方がいいと言われた。結翔にも話したのだが、結翔は「菜花が行きたかったら行けば?」とつれない答えだ。  別にやめろと言われたかったわけではないのだが、興味がないといった返答には若干寂しさを感じてしまう。  S.P.Y.で仕事を始めてから、結翔とはほぼ毎日連絡を取り合っている。ともすれば、大学の友人たちより頻繁に話をしているのだ。だからこそ、もっと具体的にいろいろ言ってくれてもいいのに、と心のどこかで期待していたらしい。  菜花は迷いつつも、結局兄の意見に従った。  一度落ちている会社からもう一度声をかけてもらえるなんて、それこそ縁あってのことだ。  そう思い、菜花は面接を受けることにした。その旨を会社に連絡すると、早速返事があり、三日後の午前十時に来社してほしいとのことだった。  その日は此花電機に出社する日だったのだが、午前中だけ休みにしてもらえるよう、まずは金桝に連絡を入れ、その後で金桝の指示に従って横山に連絡する。  横山にも了承をもらえたので、菜花は面接に備え、その会社の事業内容などを再度頭に叩き込んでいった。  そうして、菜花は面接の当日を迎えたのだった。 「やっぱり、何回経験しても緊張するな」  十分前に会社に到着した後、控室に通され、面接は十時きっかりに始まった。  控室にはすでに数人がいたので、そこそこの人数に声をかけていると思われる。ならば、今回呼ばれたからといって、必ずしも採用が勝ち取れるわけではない。  以前の自分なら、事前にそう予想はしていても、この現実を見てがっかりしていただろう。声がかかっただけありがたいが、今回もまた椅子取りゲームであることは変わらないのだから。  だが、今の菜花は違っていた。面接を受けても採用されるとは限らないことを実感した途端、かえって気が楽になったのだ。  本当は気が進まないのかもしれないと思いつつも、菜花は面接に臨んだ。緊張はしていたが、相手の話はよく聞こえてきた。本気で緊張すると、相手の言うこともよくわからなくなってしまうので、緊張しつつも最低限は落ち着いていたのだろう。  面接は二十分ほどで終了し、菜花は面接会場となっていた会議室を出た。そして、思わず出た第一声が「やっぱり緊張する」だ。 「疲れた」  小声で呟きながら、時計を確認する。時刻は十時四十五分。今から家に戻って着替えをして此花電機に向かっても、午後の仕事には十分間に合う。  そのまま直行できたらいいのだが、リクルートスーツのまま出社するわけにはいかない。 「おはようございまーす! チーター便でーす!」 「はーい」  会社を出ようとしたところで、宅配業者の男性と鉢合わせた。台車にたくさんの荷物を積んでいたので、出入口が若干塞がっている。  今通ると邪魔になりそうだったので、菜花はしばらく待っていることにした。  総務の女性が出てきて、伝票に受け取りのハンコを押していく。荷物がいくつかあったので、それらの伝票全てに判を押さなくてはいけない。  女性は、ポンポンとリズミカルにスタンプ印を押していた。その様子をぼんやりと眺めていた菜花は、突如ピンと閃く。  ──これだ! 「ありがとうございまーす!」 「はーい、ご苦労様でーす!」  宅配業者の男性と総務の女性はお互いに元気よく挨拶し、男性はかなり荷物の減った台車を押しながら出て行き、女性は仕事場に戻って行った。  菜花は面接の礼を言って会社を出ると、一目散に走り出す。  一刻も早く此花電機に向かわなければ。そして、自分の考えが正しいかどうか、検証するのだ。  菜花は、ずっと心に引っ掛かっていたものの正体に、ようやく気付いたのだった。
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